アマノイハトヒラキ
私の暮らす島、内海町にて現在開催中の「内海アートフェス2023」
今回そのイベントのポスター、リーフレットのデザインをさせて頂いたのですが
イベントに来た色んな方と会ってお話ししていると、とても好評頂いているという声を多く耳にします☻
この絵をパッと見て、ワクワク感が湧いて、どんなものか気になって来てくれた人もたくさん居て…
私が絵に込めたものが、絵を通じて伝わっているんだという感覚をほっこりとリアルに感じる事が出来ています。
絵自体は目に見えるものだけれど、そこから伝わり人を動かすものっていうのは目には見えないものであって。
目には見えないけど確かに感じる「それ」の存在を観る事が出来る機会ということが
私にとって、深い感謝に結びつく大事なひとつです🙏
「絵」というものに対しての想いが、またひとつ拡がった感覚です。
そして今回私はこのイベントで7つ在る展示会場のうち
「ふれあいホール」という所で、一枚の絵を展示させてもらってます。
その絵のタイトルが
「アマノイハトヒラキ」
6号キャンバスのアクリル画。
額は最近木工を本格的に始動したパートナーに依頼、そして私が色付けした
手作りのものを使いました。
額込みで作品です。
この絵は2年程前に島根県の出雲で1年間暮らした際にインスピレーションが湧き描き始めた絵です。
暫くは筆が止まっていましたが、ここ内海町に1年半ほど前に移り住み、この島のエネルギーと触れる事で完成に至りました。
「ご縁」の地、出雲の暮らしでは豊かな自然と、それを古より神聖なものとして感謝し大切に扱う文化、精神性を至る所で体感しました。
元々そこにずっと存在し、循環し続けている エネルギーによって
私たちは今、ここに立ち、息をしている。
「今,私は生きている」という実感の中には、
己では把握しきれないほどの、無限の繋がりが織り込まれている。
そしてその感覚は手と手を合わせる人の心の中に、神話の中に
感謝の念と共に脈々と受け継がれている。
「ご縁」「繋がり」というのは
さかのぼるほど奥深く、そしてどのような形であってもこの先も永遠に続いていくもの。
ご飯を食べる時、その食材、調味料、またそれを食べるための道具類も…ひとつひとつがどんな場所でどのように作られ、誰によって収穫され、調理され…
という物語は全て考えると途方もない長編物語になります。
だけど、それらの物語が全てに存在しているということに想いを馳せると
常にそこには感謝があり、その物語の全てと、私は今ひとつであると言うを知ることができる。
「ご縁を大切にする」という事はなんと壮大でドラマティックな事なのだろう。
この内海でも、たくさんの場所にお地蔵さんが点在し、
手を合わせる祈りの文化が残っている。そして島という環境だからこそよりくっきりと観える繋がりが存在する。
何しろ、島民の多くがそれぞれ知り合いであるし、なんなら親戚という土地。
自然に溢れ、四季を色濃く感じる土地。
1年暮らし、この自然の循環による恵みで喜び生かされている事を日々感謝出来る。
「豊かさ」の根源を感じています。
今回の内海アートフェスのポスター画も、アマノイハトヒラキも
そんな暮らしから学びインスピレーションを受けたものを込めることが出来ました。
家のキッチンでは、毎年
旧暦、月の満ち欠けや二十四節気などの暦のカレンダーを使っているんですが
内海の暮らしで気づいたのが、この土地の季節の流れは二十四節気とかなりリンクしているなという所。季節の変わり目をなんとなく肌で感じて、ふとカレンダーを見ると、
あ、なるほど、今日はそういう季節の節目の時なんだ
とよく感じます。
数年前から「自然から学ぶ」を生きるテーマにゆっくりと歩んで来ましたが
徐々に自然と近い場所に暮らす事になり、自然と共にある事を日々感じる様になると
学ぼう!とこちらから歩むより先に、自然界の方から、たくさんの学びを授けてくれている事に氣づきます。
畑をやっていても
その時期によって多く採れる野菜があったりして
ある程度その感覚わかるようになってからは
今日の夕飯何にしよう…?
というのはその時ある野菜が決める様になってきました。
野菜の方から「私を食べてね!」と伝えてくれるんです。
こういう感じになってきてからよく、
あぁ、私の行動は私が決めるより先に自然が決めているんだな。
私たちはそうやって「動かされて」いたんだな。
という事をよく感じる様になりました。
以下アマノイハトヒラキの解説文です
〜〜アマノイハトヒラキ〜〜
日本神話に登場する物語「天ノ岩屋戸神話」を土台に描いた絵です。
~天照大神(アマテラスオオカミ)が弟の素戔嗚尊(スサノオノミコト)の乱暴に怒り、天岩戸に隠れた事で、世界は真っ暗闇に包まれました。それに困った神たちが、それぞれの智慧と力を駆使して天照大神を招き出し、再び世界は光を取り戻す~
神話の中に登場する神様たちやその物語というものは、
空、山、川、海、動植物、星々の動き、また人々の活動や、人の内面の動き、
ミクロからマクロ、目に観えるものから観えないもの、宇宙全体…
この世のありとあらゆる現象を司る働きを「神様」という象徴的な像の物語として落とし込み、
語られ受け継がれる壮大な表現(アート)であると私は捉えています。
とある草木は冬に枯れ果て、春は芽吹き、夏は成長し、秋になると実を付け種となる。
そのいくつもの種からまた芽が出てそれぞれが新たな成長を始める。
常に終わりと始まりを繰り返して拡がり続けるその命。
日本はそんな当たり前だけれど、奇跡的でドラマチックな季節の移ろいと
連なりの美しさを鮮明に感じる事ができます。
宇宙空間からそれを眺めると、惑星が回り、地球も回る事で、
その影響を受け大気の流れ潮の流れは変化し
地上は寒くなったり暖かくなったり、その大きなリズムで常に廻り拡がっている。
そして地球が核を中心に回り引力を持つのと同じ様に、
どんな現象にも中心に凝縮されたエネルギーの源があります。
その働きは人の世全体の流れ、人ひとりの意識も全て相似象なのだと思っています。
人も天候によって行動を変える様に、日常的に大きな働きによって「動かされている」
ここ数年間は色濃い幾つもの大きな出来事による影響を地上の全ての人々が受け取り、
その度に今までなかったようなあらゆる事に意識を向けさせられている。
今は星の動きの変動によって「風の時代」と呼ばれ、世界が移り変わる時とも言われます。
人ひとりの変容の意識をエネルギーの源として、世界は形作られていく。
人々が意識を向ける先が変わると、意識を向けなくなったものは枯れ、
その向けた先のカタチはゆっくり地上に芽生えてくるように。
それはこれまであったものが終わり、新しいものが成長し始める時でもあり
その様子はまさにこの天岩戸神話で語られる物語の響きを感じます。
この絵の中で
二十四節気の記された曼荼羅は、廻る自然のリズムの象徴です。
地球は回り、季節は移ろう。それを感じているからこそ在る人生の豊かさ。
中心の山の上で手を合わせるのは、岩戸から出てきた天照大神(太陽)で、
その額には八咫鏡、頭上には新たな芽吹。
太陽の光を観る時、それは己の光を観る時。
天照大神も神話の中で鏡に映った自分の姿を
美しい女神が外にいると思い、岩戸から出て来ました。
光の中心に的を絞り、意識の剣を掲げます。祈りの音、空に響く神事の演奏を聴いてください。
月の満ち欠け、全てを包み込む大きなリズムに乗って踊り舞えば、それは渦巻き立ち昇る。
赤と青の調和した螺旋は昇り拡大する力を与え、神の山を囲む龍蛇神となって現れる。
太陽の光は世界中に拡がり万物を育てます。
一粒万倍、一滴の雫から大きな輪の波紋が拡がっていき
水の中の魚は山を流れ川を下り、海に渦巻き、溶け合い、天に昇り八雲となる。
様々な現象が幾重にも連なり、この世界は姿を現す。
この春、扉はヒラキ、萌芽の時。
鶏は日の昇る時を知らせる。
卯年、意識の飛躍と成長は、豊穣もたらす船出。
この宇宙船に乗り太陽の中心へ向かっていこう。
全てが光り輝き観える処へ。
アマノイハトハヒラカレタ
感謝の祈りの結晶を、今此処に捧げます。
TsumugiWorks 糸由[つむぎ]
ちなみにこの絵に
月の満ち欠けと、日付、二十四節気の表記を加えた
A2サイズポスターを作り、販売しています☻
時の流れとアマノイハトヒラキ
A2サイズポスター
¥1000
内海アートフェスで展示販売の他
ネットショップでも販売。(ショップは現在準備中)