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小説: 死者の行進: 第1話
「こんにちは、木村さん。お母さま、まだ見つかってないんですって?」
お母さんが立ち止まったので、僕も立ち止まらざるをえなかった。
向こうから歩いてきたおじさんが仕方なさそうに足を止め、会釈をする。見覚えはないが、たぶん近所の人だろう。
「私も出歩く時は気を付けて見ているんですけどねえ。心配ですね」とお母さんが続ける。
おじさんは疲れた表情で首を振った。「ええ...警察にもお願いしてるんですが」
話を聞いているうちにお父さんとお母さんの会話を思い出した。
町内の木村さんのところのおばあさんは認知症で、家を出たきり行方不明になって、もうひと月にもなるということを。
でも、僕には奇妙に思えた。
おばあさんはすぐそばにいるじゃないか。なぜいない者のように扱われているのだろう。僕の目がおかしいのかな、それとも...?
「おばあさん、後ろにいるじゃん」
指をさしながら、何気なく口に出した僕の言葉に、おじさんの顔が凍りついた。ハッとして後ろを振り返る。おじさんが体ごと振り返ったものだから、後ろにいたおばあさんも合わせて瞬間移動する。お笑いのコントでこういうのを見たことがある。
僕は思わず吹き出しそうになってしまった。
おじさんの顔が怒りで赤黒くなる。
「これっ!」お母さんが慌ててぼくを叱った。そして「ごめんなさいね」とおじさんに謝った。「この子、ときどき突拍子もないことを...」
おじさんの表情が、みるみる歪んでいく。
わざとやっているのかと思うほど、おじさんは全身をブルブルと震わせている。
ものすごい顔で僕をにらみつけている。舌打ちをして、やがて歩き始めた。
おばあさんもその後をついて行った。
その晩、僕は両親にこっぴどく叱られた。
おじさんの怒った顔に、お母さんも何か危ないものを感じたのだろう。次の日、防犯ベルを買ってきて僕に持たせた。
三日後、警察がおじさんの家を家宅捜索した。二階の部屋から、腐り始めたおばあさんの遺体が見つかったそうだ。認知症の母親を殺して隠していたという容疑で、おじさんは逮捕された。
「お母さんが警察に電話したの?」と聞いてみたが、お母さんは首を横に振った。本当だろうか。なんだか怪しい。なんにでも首を突っ込みたがるんだから。
あれから、テレビを見ていると「ねえ、この人の後ろにだれか立ってない?」と、しょっちゅう聞いてくるようになった。
ニュース番組がはじまると、わざわざ僕を呼びにくる。
殺人の容疑者が警察に囲まれて歩いているところを指さして、「後ろに誰かいる?」としつこく聞いてくる。
そしてそういう人の後ろにはやっぱり誰かが張り付くように立っている。
二人のときもあった。四人のときもあった。
四人のときはみんなで殺した人をとり囲むかたちになる。
だから目の前に立っている亡霊は大変だ。後ろ歩きしなくちゃならないから。でも大変そうな顔はしていない。亡霊たちはみんな悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしている。
お母さんの「特訓」のおかげで、ぼくには亡霊が見えるということがわかった。
だからといって死んだ人ならだれも見えるのかというと、そうではないらしい。
誰かに殺された人の亡霊だけが見える、ということのようだ。
そしてその亡霊はたぶん、自分を殺した人のあとにずっとくっついて歩き続ける。いつまでも。
(つづく)