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惰眠

東京の実家を離れて北海道に移住してから、一年近くが経過した。何者にも縛られない生活を求めて始めた一人暮らしは私に、自由を獲得したような錯覚を見せてくれた。

十八年間の生活を送った東京の郊外は、閉塞的だが穏やかであった。電車一本で都心にも山奥にも行ける。大都会への憧れと共に人混みの雑音を忌み嫌う人間としては些か住みやすい土地だったのかもしれない。それでも一人暮らしがしたかった。"自立"という言葉に憧れていたし、なにより愛情が故の口うるさい両親から離れたかった。

初めての一人暮らしは、自分という人間を客観的に見れるいい機会となった。元より狭く深くの人間関係を好み、新たな環境への適応能力に著しく欠ける自身の性格からしてみても、新天地での生活に順応することは大変大きな難題であった。次第に大学からは足が遠のき、部屋で燻る日が続くようになった。社会不適合者を炙り出すような大学の課題提出システムとは馬が合わないまま、生活が堕落の一途を辿るのに時間はかからなかった。

自由の虚像に輝かせた眼差しは、旧友が灯すネオンサインに眩惑する。あれほどまで手にしたかった生活は、限りなく自由で不自由であった。凍える寒空の下から逃げ帰れば、生ぬるい空気が私を待つ。

また日が落ちる。

雪国の夜は長い。

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