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04

キャイキャイと甲高い声が頭に響く。
女三人寄れば姦しい、とは言うがそんなもんじゃない、これではまるで工場現場だ。目の前の二人はふいに黙った私を気にすることなく、サークルの先輩の悪口で盛り上がっている。
誤魔化すように口をつけたテーブル上の煮物はすっかり冷たくなっていた。

「ねぇミカやばくない?」
名前を呼ばれ慌てて顔をあげると、前髪をいじりながらアカネが頰杖をついてこちらを見ていた。
「ありえないわー」
「よねー、あいつサキちゃんにも同じことしたらしいよー」
「うそー!身の程知れって」
キャハハ!と嘲るような笑い声があがる。浮き上がった涙袋にラメが光っている。本来とは随分違うとこに影を描いてるな、とその光を眺めた。
「そんでさぁサキちゃんに断られたらついにマキんとこいったらしいよ」
「うそ、なりふりかまわずかよ」
「当然マキも断るじゃん?そしたら超動揺してたらしくてー」
「やばー」
「そんで格好つけたいのかここは奢らせて、とか言って。カフェの一杯でイキんなよ!って感じ」
「ウケるありえないわ」
帰りたい。
いや、帰りたいも何もここは私の家だ。違う、早く帰れよ、が正解だ。
喋らなくてもいいように大根を詰め込む。コンビニのそれは冷めたままでも美味しいけど、やっぱり温めた方が美味しいと思う。そういえば実家の煮物は冷たいことがなかった、と思い出した。


模試の結果よりも数段上のレベルを選んだのは自分だった。
遅くまで勉強しないと追いつけなかった。「ただいま」と扉をあけると眠そうな声で「おかえり」と返ってくる。塾から帰る頃には夜の十時を過ぎていた。
「いまご飯あっためるから」
「うん」
手を洗ってリビングへ戻るとご飯とブリ大根、味噌汁が机の上で湯気をたてていた。英単語帳を片手に座り、いただきますを言って口に運ぶ。
「今日どうだったの」
「何もないよ」
「寒くなかった?」
「うん」
「あんまり遅くなるようなら迎えいくからね」
「うん」
横目に単語を見ながら味噌汁をすする。reveal、明らかにする。desirable、望ましい。convey、伝達する…。
「あんたさぁ」
「うん」
「無理しちゃだめだよ」
ちら、と顔をあげると心配そうな表情をしたお母さんと目があった。
「応援はしてるけど、無理しちゃだめだよ」
「…………うん」
それ以上お母さんは話しかけてこなかった。味噌汁を飲み干して「ごちそうさま」と席を立った。


「それでミカも行くよね?」
ハッと前を向くとアカネと視線が合う。
「ごめんごめん、なんの話?」
「だからー、金曜のK大とのサークル合宿。うちもカオリも行くし」
K大はイケメンが多いらしい。合宿とは名ばかりでどうせテニスなんかしないんだろうな。「行く」と答えようとして、お母さんの声がよぎる。
心配そうな顔。あの時の味噌汁の具はなんだっけ。あの時ご飯があったかかったのは。あの時お母さんが応援してくれたのは。私がこの大学に来たのは。

私は大きく息を吸った。

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