38歳不妊治療 体外受精→妊娠→流産07

大晦日に病院の予約が入っていたため、正月のおせち作りは29日、30日で済ませていた。「年内」ギリギリまで台所に立つのが例年のことだが、おかげで今年はけっこうゆっくりとお正月を迎えることができた。紅白なんかも見た。

「1週間様子を見る」という先生の台詞は頭から離れることはない、次の診察まで不安な日々だと思っていたけれど、普段と違って正月休みの夫もいるため気がまぎれる。順調であればお腹の子は8月末には産まれるはずなので、「2人で過ごす正月は最後なんだね」とか「生後4カ月の子を連れて里帰りはつらいから3人での正月だよね」とか「おせち作りは来年は無理かな」とか口にする。なるべく幸せな想像をしていようと心がける。

1月7日、7w0d。J先生の診察。祈るような気持ちで息を詰めてモニタを凝視していた。心拍が見えた。

妊娠を告げられたときにも泣かなかったけれど、今日は我慢できなかった。少しだけど泣いてしまい、内診室を出るのに少し時間がかかった。

6年前の流産のときは、生理が遅れている→妊娠検査薬使用で陽性→病院で子宮内に胎のうを確認→2週間後の診察を待つ間に出血 という流れでの完全流産だった。出血が鮮血になったとき、深夜1時に病院に駆け込んだときのモニターには、モニタのちらつきかと思うような弱々しい心拍が写っていた。この心拍は弱いし遅い、流産になる、と言われたあのときの心拍とは違う、全身が心臓かと見まごうような、ぺこん、ぺこん、と脈打つものを見ることができてほんとうに安心した。「心拍が見えれば一安心」。初期流産のほとんどは心拍確認前に起こるという「妊娠の常識」をクリアできた。しんぱくみえたー!と夫にLINEを入れた。

翌日くらいから、おなかがすくと気持ちが悪くなった。つわりはあるかと聞かれていて、ひたすら眠いくらいだと答えながら、分かりやすいつわりがあれば、育っている証拠として少しは安心できるのにと思っていた。つわりは辛いだろうけど、それでもつわりがあってほしかった。なのでそんなに気が重くなることもなく、ヨーグルトやらこんにゃくゼリーやら果物やら飴やらミニサイズのカップ麺やら、おなかがすいた!気持ちが悪い! となったらすぐに食べられるものを準備した。小さめに握ったおむすびも活躍した。年末くらいから夜中に必ず1度、多ければ2度トイレに起きていたのも、妊娠初期に大きくなっていく子宮が膀胱を圧迫するためだと分かった。妊娠は喜ばしいけどまだ時期的に不安で神経が立っているんだなと思っていたのが調べたらそういうことだったようなので、夜中に目が覚めることも体は辛いながらも安心の材料だった。

友人と会った。不妊治療をしていることを知っている友人だったので、最初は「今期はおやすみの周期なんだ」なんて嘘をついたけれど、おなかの中にいる子の存在を否定するようなその嘘が嫌になって結局報告する。まだ人に言っていい時期じゃないんだけどごめん、と謝りながら。前回の妊娠流産のときに悲しませてしまった友人はとても喜んでくれた。次の診察が終わればそろそろ母子手帳をもらうことになるんじゃないかとか、分娩できる病院のそれぞれの評判とか、2人の娘の母である友人にいろいろアドバイスをもらうことができた。「今度はちゃんと元気に産むから」。宣言のように言った。自分にも言い聞かせるように、そう言った。


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