貞観政要その2 明君の条件
前回に引き続いて「貞観政要」から取り上げたいと思います。
太宗皇帝と臣下・魏徴のやり取りで、聡明な君主と暗愚な君主の違いについて語っています。
大意
貞観二年、太宗皇帝は明君と暗君の違いについて魏徴に質問した。
これに対して魏徴はこう答えた。
「明君が明君である所以は、臣下の進言に素直に耳を傾けることです。暗君が暗君である所以は、自分のお気に入りの臣下の言葉しか信じないことです。詩経に『古の賢者言えるあり、疑問のことあれば庶民に問う』とありますが、堯や舜はまさに四方の門を開いて賢者が来るのを待ち、広く人々の意見を聞いて政治に活かしました。そのため、堯舜の治世は恩沢が広く人民に広がり、邪悪な共工や鯀でも、彼らの明をふさぐことはできませんでした。これに対して、秦の二世皇帝は宮中に籠って深化を遠ざけ、宦官の趙高の言うことだけを信じました。そのため、人心が離れるまで政治の実態を知ることはできませんでした。梁の武帝も朱异だけを信頼した結果、候景が反乱を起こして城を包囲してもまだ信じませんでした。隋の煬帝も虞世基のみを信頼した結果、政治が乱れ盗賊が街を荒らしまわっていることも気づかず、最後は身を滅ぼしてしまいました。このような例でも明らかなように、君主たるものが幅広く臣下の進言に耳を傾ければ、一部の臣下に耳目をふさがれることなく、よく下々の動きを知ることができるのです。」
太宗皇帝は、魏徴の言葉に大いに納得した。
考察
明君は、謙虚に幅広く臣下からの進言を聞き入れ、暗君は佞臣からの進言だけしか聞かないというものです。この話を太宗皇帝にしている魏徴も太宗皇帝に仕える前は太宗皇帝の政敵側に仕えていました。そのような人物を臣下として迎え入れ、進言を聞き入れる太宗皇帝の器の大きさ・懐の深さはさすがと思わされます。
今の世の中でも、経営者・管理者として人を使う立場にある人で、幅広く部下からの意見を受け止められる人がいるところは強いと思います。
都合よく己の欲求を満たしてくれるとか、自分にとって都合の良いことを言ってくれる人だけを重用するような組織が正しい方向に進み、望む結果をえることができるとは思えないです。
というわけで、今の安倍晋三内閣は「お友達内閣」とか言われたり、「忖度」という言葉が流行ってしまったりするわけですが、このような魏徴の話とかそれを受け入れる太宗皇帝の聡明さを考えてみると、今の政治・経済・社会の状況はさもありなんと思うのです。
これから、政治家を目指す人や組織の上に立つ人はこのような姿勢・考え方を身につけてもらいたいと思います。もちろん自分もですが(笑)。
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