【小説】男と女の生き方

「別れた男から連絡きてうざい」
「女々しいよね」

女性がこんな会話をしている場所に出会した。キッパリ忘れて違う恋人探せよ、と心の中で呟きつつ、そんな会話をする女たちの不寛容さに眉を細めた。昔にも何度かこんな場面があった。

振った男から何度も連絡が来てマジうざい
そうだよね、なんで何度も連絡取るんだろ

僕は異性がする共感できない話題には決まって、俺も人のこと言えないからなぁ、と言って回答を濁す。敵と思われ阻害されるのも怖いし、味方と思われ浅はかになるのも怖い。どっちつかずの回答であり興味を持たれない自分語りを挟むと楽であると小さな頃から感じていた。

小学生の頃、母親から、パパとママどっちが好き?と聞かれた。咄嗟に、ママが好きだけどパパにはパパが好きって言ってる、と笑顔で答えた。父親からも、ママとパパどっちが好き?と聞かれた。同じように、パパが好きだけどママにはママだ好きって言ってる、と無邪気な顔で答えた。その後、僕はねお兄ちゃんと四人でゲームするのが好きなの!あのねあのね、と自分の話を繰り返すことで会話への興味を逸らしていたような気がする。自分は兄より勉強はできなかったし、親の言うことはできなかったし、友達をいじめととして問題児扱いされていた。勉強はしたつもりだし、親の言うことも聞いたつもりだ、仲良くしていた友人も揶揄いすぎて泣かせてしまっていた。自分中心に世界は回ってる感覚がありつつ、一人ぼっちになることには怖さを感じていた。

「あっ、、、峰さんどう思います?」
女の群れの一人が僕に気づいて話しかけてきた。
「男の俺には心が痛い話だね、ははは」
決まったようなセリフを返して、笑って会話を終わらせた。少し、外野を挟んで息継ぎをしたのか群れの声はどんどん大きくなって、言葉遣いも汚くなっていった。

俺もそんなことしてたのかな?Lineのトーク履歴を漁り懐かしい名前の女性たちのトーク履歴を漁っていた。女の群れが肴にしているメッセージを見つけた。

夜遅くにごめんね。あの頃は僕にも余裕がなくて、あかりちゃんに冷たくあたっちゃった。一度でいいからあって話してもらえないかな?ちゃんと謝りたいです。

2015/06/14 「あかり」とのトーク履歴

女性が女々しいというテンプレートのような文章を送っていた。その頃には、妻もできていたし今は7歳になる子供も妊っていた。別に浮気をするつもりで連絡をしたわけではないと思う。ただ、目の前に幸せがある状況、でも変化していく環境への不安感から、精神が安定していなかった。抗不安剤を飲み始めたのもこの頃だった。妻に隠して精神科にかかり、動悸と過呼吸が定期的に訪れることを伝えると薬を処方された。何に対して不安を感じているか目を背けるように昔のことばかり思い出そうとしていた。その先に、あかりさんがいた。彼女は10年以上前に付き合っていた女性だ。僕は彼女の構って症に耐えきれずに夜逃げするように彼女から離れた。その後、彼女は誰の子かもわからない子供を産んでいるらしい。

ふと、もう一度連絡を取っていた。

お久しぶりです。先月結婚したと伺いました。仕事場も近いと伺いましたので、差し入れを持って伺ってもよろしいでしょうか?

2022/07/23 「あかり」とのトーク履歴

彼女から逃げて以来、あっていない。彼女からは「育児で忙しいから難しいです」とだけ返信が来て、会話はそれで終わっていた。

夜、スマホを確認すると彼女から返信が来ていた。

お久しぶりです。ありがとうございます。明日はの昼に近くのカフェで食事を取っているので、その時間なら問題ないです。楽しみにしております。

2022/07/23 「あかり」とのトーク履歴

返信は意外にもあってくれると言うものだった。明日という急な要望に驚いたが、仕事帰りに菓子折りを買って帰宅した。

午前の仕事は身が入らなかった。昼休憩になった瞬間に菓子折りを持って、指定されたカフェに向かった。アイスコーヒーを頼んで二人席に座って彼女をまった。心臓がものすごい速さで鼓動しているが、彼女が来るまでの時間はものすごく長く感じた。動悸を抑えるために薬を飲んで、何度も何度も結露もついていないグラスを拭いた。程なく、彼女が店に入ってきた。彼女に気づかないふりをしていると向こうから、久しぶりです、と声をかけられた。
「お久しぶりです、結婚おめでとうございます、これ、結婚のお土産です。」
昨日買った菓子折りを渡すと、どうも、とだけ言って、最近のお仕事はどうですか?と世間話をしてきた。彼女の近況も聞いて、あっという間に時間が過ぎた。
「そろそろ行きますか、、、」
僕はそう言って、席を立った。彼女も続くように席を立ち、店を出た。
「今日は謝罪のために呼ばれたと思ってました、、、」
彼女は信号の点滅を見ながらそう呟いた。
「そうでしたね、あの時はすみませんでした。」
掃除に深く頭を下げる。
「そういう意味で言ったわけではありません。ただ、想像と違っただけで、、、あの、私、男の人って別れた後も未練があるから連絡してくると思ってました。でも、峰さん今日は自分から謝らなかったじゃないですか。結婚もされててお子様もいらっしゃるので、口説かれはしないかと思って、会う約束をしたんです。やっぱり案の定口説かれもしないし、そそくさ帰ろうとするじゃないですか。面倒ごとにならなくてよかったと正直安心しました。本当に結婚を祝ってくれてるんですね、ありがとうございます。」
僕は、身に覚えのない感謝を受け流すために、ええまぁ、とだけ言って職場に戻った。その頃には動機も納まっていた。

帰宅すると、妻から、今日の食事会はどうだったの?と、聞かれた。
「ん〜、別に結婚祝いをするためにあったつもりはないけど向こうにはそう受け止められたみたいで、何事もなく終わったよ。もう会うことはないと思う。」
「何も浮気を疑ったわけじゃないわよ、あたしね、昨日あなたに元カノと会ってくるって言われた時は、なぜ会うかわからなかったの。だって、話し下手だし顔も百姓ずらのあなたが浮気できるわけないでしょ?だったら、なんで会うのかって。最初は本当に知り合いの結婚祝いをするつもりってあたしも思ってたんだけど、気づいちゃったの。」
そのまま、妻は話し続ける。
「あのね、女ってのは『過去を振り返らない』ことに美しさを感じる生き物なの。ドラマのセリフでもあるでしょ?『私は昔のことは振り返らない、ただ前に進むのよ』って。かっこいいキャリアウーマンが過去のことを振り切って前に進む話。でも、男は逆じゃないかって思うのよ。男は『過去にけじめを付ける』ことに美しさを感じるんじゃないかって。だから、昔の女に未練があるから連絡するわけじゃなくて、かっこいい自分であるために過去の過ちを精算してスッキリしておきたいの。相手から許してもらって、今の自分はかっこいいって思いたいからだと思う。」
なるほどね、それはあるかもね、とだけ言って、妻のためにご飯を作った後シャワーを浴びた。



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