ショートショート。のようなもの#53『いつも待っている』
きょうも駅舎で1人の女がベンチに腰をかけてる。
いつも終電間際のこの時間になると、姿を現わすのだ。
田舎の駅だから、この時間に人が行き来することはまずない。
雪が深々と降る中で、蛍光灯が切れかかってパチパチと音を立てている。
いつも交換しないといけないと思いながら、駅長である私は他の駅員の誰かがやってくれるのを〝待って〟しまっている。
そんなことより、あの女だ。
もう駅舎を閉めて帰らないといけない。
私はストーブの火を消してから、女にそっと声をかけた。
「すみません、お客様。もう終電も終わっておりますので…」
女は、はっとして急に立ち上がって頭を下げながら申し訳なさそうに言った。
「あ、すみません。人を待っているもので…つい」
「はぁ、やはり人をお待ちなんですか。失礼ですが、毎日ここで、この時刻に待たれてますよね?」
「そうなんです。あの人は確かに言ったんです。別れ際に私に〝また会おうね〟って。だから、ここで待っていればあの人は、きっと汽車に乗って私の元まで会いに来てくれるんです。そのときにきっとプロポーズをしてくれるんです」
女はうつ向きながらだが、目を輝かせて言った。
「…なるほど。そうだったんですか。〝会いに来る〟ねぇ。しかし、その男性は〝また会おうね〟と仰っただけで〝会いに来る〟とは仰ってないのでは…?」
「え?」
「ですから、向こうから〝会いに来る〟かどうかはわからないということです。詳しい事情はわかりませんが、待つだけじゃなく貴女から会いに行かれるのもいいかもしれませんね。もう、こんな生活を20年くらい続けてらっしゃるでしょう?私がこの鉄道会社に入社したときから毎日貴女がここで待ってらっしゃるのを見てますから、心配でつい」
「…そっか。そうよね?待ってるだけじゃ駄目よね?こちらから探しに行かないと。わかったわ。私、明日から探しに行ってみる。会いに行ってみるわ!駅長さん、どうもありがとう」
「いえいえ、とんでもございません。私ごときが生意気にも口出ししてすみません」
「いえ、こちらこそ長年ご迷惑おかけしてすみませんでした。助言を下さったお礼と言ってはなんですが、もし彼に会うことができたら貴方にも改めて感謝の気持ちを伝えます。それで、あの人と会うことが出来なかったら…そのときは私のことをお嫁さんにもらってくださる?」
「え?…いや、はい」
「…あはは、冗談ですのよ。それでは、さようなら。おやすみなさい」
そう言い残して、彼女は去って行ってしまった。
そして私はあの日以来、そんな彼女のことをもう20年も〝待っている〟のだ。
私は小さくため息をつくと、そっと蛍光灯に手を伸ばした。
~Fin~
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