ショートショート。のようなもの#43『将来の夢』
「港のテトラポッドの上に1人の男の人が立っていました──」
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「ねぇ、おじさん、そこで何してるの?」
「ん?見てわからないかい?踊ってんだよ。坊やは、危ないからお家へ帰ってな!そこの家の子だろ?さぁ早く!」
あまりの剣幕に気圧されてぼくは、おじさんの言う通りに目の前にある我が家へと入った。
そして、椅子を窓辺まで持って行って、その上に乗って窓からおじさんを眺めてた。
おじさんは、長い白髪で顔中を真っ白なヒゲが覆っている。上半身が裸で腰には沢山の葉っぱを巻いてどこかの先住民族のような格好をして踊り狂っている。
今夜は嵐が来るというのに…。
キッチンでは、ママが晩御飯の支度をしている。シチューのいい香りが僕のいる窓辺まで届いてきた。
テレビからは、この地域に接近している台風の情報をニュースキャスターが読み上げていた。
依然としておじさんは、テトラポッドの上に乗り空に向かって腰をくねくねさせて踊り狂っていた。
シチューの支度が一段落ついたママが、窓の外を見つめる僕の側に寄ってきた。
「坊や。あのおじさんはね、台風の目を引いているのよ」
「え?台風の目?」
「そうよ、台風には中心に目があってね、あのおじさんはしなやかなベリーダンスを披露して台風の目を釘付けにしようとしているの。釘付けになった台風はうっとりとして勢力が弱まるのよ。そこへ、文字通り釘を投げつけて台風を退治するの」
僕は、ママの言っていることがよくわからなかったけど、「ふーん、すごいねー」と返した。
ぼくとママがシチューを食べ終える頃には、台風が再接近してきて風がビュービュー吹き始めてた。
家は、ぎしぎしと音を立てていて今にも飛ばされてしまうんじゃないか?と不安になる。
ぼくは、ごちそうさまをしてすぐにお皿を台所へ持って行って水に浸けて、再び窓際に貼り付くように踊り狂うおじさんを見つめた。
吹きつける暴風雨に耐えながらおじさんは、天に向かって腰をくねらせてベリーダンスを踊り続けている。
ふと、近所の家々に目をやると窓辺では、ぼくらくらいの子供が拳を突き上げたり、窓を叩いたりしながらおじさんを応援して様子が見えた。
波が高くなってきて、おじさんは何度が海に持って行かれたが、すぐに海面から這い出てきて、またテトラポッドへ登り踊り狂った。
台風の目を釘付けにするために。
しばらくすると、不意にさっきまでの暴風雨が嘘みたいにピタッと止んで青空を覗かせた。台風の中心は晴れていると聞いたことがある。
台風の目がおじさんの真上に来て、しなやかなベリーダンスに見とれているのだ。
おじさんは、白い歯を見せながら陽気に踊っていたかと思うと、急に鋭い目付きになり腰の辺りに忍ばせていた長い五寸釘を出したかと思うと、槍投げ選手のように台風の目を目掛けて放り投げた。
おじさんの豪腕から放たれた釘は上空遥か高く一直線に突き進んでいき、台風の目を貫いた。
おじさんは、見事に台風の目を釘付けにしたのだ。
その瞬間に、上空の雲は掃除機に吸い込まれるように四方八方へと去っていって快晴の青空が広がった。
近所の家々から万雷の拍手が起こった。
が、しかし、そこにはもう既におじさんの姿はなかった…。
ぼくを含めた近所の子供が一斉に玄関から飛び出し、さっきまでおじさんが踊り狂っていたテトラポッドへと駆け寄った。
しかし、そこにあったのは、ずぶ濡れになった腰巻きの葉っぱだけだった…。
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「例え、どんなに優れた能力を持っていたとしても、天災には勝てないのだと僕はそのときに思い知りました。 だから、僕は大きくなったらレスキュー隊に入って沢山の人を助けたいと思います」
~Fin~