理想の家族
毒実家の出身で、家族の暖かさだとか、有難みなどが、長らく実感できずに生きていた。
そういうものは、フィクションの中や他の家にはあるのかもしれないが、私には、実際に目にみることも、触れることもできない、縁遠いものだと感じていた。
ちょうど、神様だとか、真実の愛だとか、お客本位のアメリカのカーディーラー、などといったようなものと、同じような、手に触れることのできない存在なのだろう。
しかし、看護師として働き始めてから、お互いを穏やかに気遣いあう家族や、結婚後何十年もたっているのに、変わらず愛し合っている夫婦の姿を目の当たりにすることになる。
これまで、どこかにあるのだろうな、とは思っていて、存在することは信じていたけれど、実際、そういった人たちが自分の目の前に生きている姿をみるのは、ある意味ショックだった。
ショックと言っても、悪い意味ではなく、嬉しい驚き、といった感じだった。
そして、たとえ自分にとっては縁遠いものだとしても、そういった素敵な関係が、自分の周囲に実際あるのを目にすることができて、暖かい気持ちになった。
そういったことがきっかけだったのか、仕事以外でも、素敵な家族や、カップルの姿を目にする機会が増えていった気がする。
最近みた中で、私が一番羨ましいと思った家族がいた。
シフトが終わって、帰宅するために病院を出ると、出口に赤いバンが駐車されているのを、よくみかけた。
最初は、別に注意は払っていなかったのだけど、3匹のハスキーが車内から窓の外を見ているのが見えた。
運転席には私と同じぐらいの年の男性がいて、ハスキーたちは出口の方をじっと見ていた。
ああ、きっとハスキーたちを連れて、奥さんを迎えに来ているんだな、と思った。
幾度かそのバンとハスキーたちを見かけた後、とうとう、彼らが待っている奥さんをみかけた。
私と同じ年ぐらいの、これまで会ったことがない、別のフロアで働いている看護師の人だった。
彼女がバンに近づくと、ハスキーたちがそれはそれは喜んで、窓から乗り出して彼女を歓迎していた。
おひとり様でいて、これまで同世代の家族団らんの姿や、子連れの姿をみても、微笑ましく思うことはあっても、さほど羨ましいと思うことはなかった。
しかし、3匹のハスキーと旦那さんに迎えに来てもらっている彼女をみて、一人自分で運転して帰宅する車内で、しみじみ、うらやまいな、と思ったのだった。