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美しいきみ。@妄想小説
前置き。
シャレオツなカフェで、
わー、すっごい美形な店員だなあ(男性)
と見ていたら、目が合いそうになって慌てて目をそらしてから、
あれ? アイラインひいてた? 地毛まつ毛かな?
と思ったけどもう一度見る勇気はなかったので。
あと前日に、化粧男子が「化粧してなんか悪い?」て感じのボヤキツイートをちらっと目にしてたのと、まとめサイトで「小説家になるといいながら投稿せずネット掲示板に書き込んでばかりの友人」というのを読んだのも影響してます。
「カフェラテと、ココアを」
オーダーをしてから、復唱する若い男性の店員を、ついじっと見てしまった。物凄い美形だ。色気がある。
「……でございますね?」
復唱を終えた店員がこちらに目を向け、慌ててうつむき、ハイと頷く。サロンエプロンが遠ざかっていくと、向かいに座った高校生の娘が顔をしかめた。
「お母さんてば、ジロジロ見過ぎ。あの店員さん、イヤそうな顔してたよ」
「えっ、そうだった? あんまり美人だから……イヤな思いさせたんなら申し訳ないなあ」
「確かに、すごい美形だけど」
呟いてから娘は、美人だって、とプッと吹き出した。カウンターの中からさっきの美形が睨んでいる気がして、首をすくめた。
本当に申し訳ない。だって、もしも直接失礼なことを言ったりしてたら、あの店員は何か言い返すことだってできる。
こちらがジロジロと不躾な視線を向けただけではなく、ヒソヒソと、しかも聞こえるように失礼なことでも言えば、彼も文句を言いやすい。もちろん文句を言われたいわけではないけれど。向こうにしてみたら、ハッキリ言ってやってスッキリしたいんじゃないだろうか。
そうだ、だからネットでは、頭のおかしいひとに遭遇した報告が溢れているのかもしれない。
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化粧男子だけど、それが誰かに迷惑かけてる?
今日もJK連れたBBAがこっち見てヒソヒソ。一応こっちは店員だから、なんか文句あんすかって下手に出ながら言ってやったらビビってやんの。
そんでBBAが、男なのに化粧してるから、なんてモゴモゴ言うから、男が化粧しちゃいけない法律でもあるんすかって言ってやったら、顔真っ赤にしてフジコってやんの。
ホントはオレあんたよりよっぼど化粧うまいけど?って言ってやりたかったけど、JKのほうがごめんなさいあんまりキレイだからお母さんヤキモチやいたんですごめんなさいとかいって必死にあやまってっから許したったわ。
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書き込んで、冷蔵庫からビールをとって戻り、ノートパソコンをのぞきこむ。レスはついていなかった。どんなことを書いてもかまわないスレだからと思ったけど、読み違えただろうか。
このあとレスがついたら礼を書き込み、実はこういう後日談があってと続ける。「化粧男子」がバイトするカフェに取材が来て……いや、強盗事件が近所で起きて、あの母親のほうが容疑者のひとりになって、化粧男子の推理で事件解決、失礼をわびる母親、付き合ってと騒ぐ美少女JK……いや、この展開は注目されるにしても、芥川賞はないだろう。ラノベならいけるだろうが、それはチョロすぎるし……。
鼻の横に新しくできたニキビを気にしながら、ほかの書き込みの話題で伸びていくスレッドを眺める。化粧男子というキャラは、ウケなかったか。
じゃあ、この話はもうやめだ。アイデアならいくらでもある。
小説家デビューすると宣言して、もう何年だろう。こうして毎日毎晩、ネットの掲示板にネタを書き込んでいるのに、なかなか盛り上がらない。
先日、久しぶりに出かけたときに、大学の文芸サークルで一緒だった友人にバッタリ会った。ずいぶん驚いていて、お茶でもしながら話そうと誘われ、未来のベストセラー作家に媚びを売りたいのかと冗談を飛ばしたが、笑わなかった。きっと冗談ではなく、本心を見抜かれたから、無表情になったんだろう。
賞に応募はしていない、ネットの掲示板に書き込んでいると聞くと、友人は更に驚いたようだった。相変わらずなにもわかっていない。
掲示板で、誰もが真実と思い込んでレスをするようなネタを見極めることこそ、真のベストセラー作家になるための近道なのだ。こんな簡単なこともわからないから、こいつは何度か賞に応募したあと、箸にも棒にもかからなかったからといって筆を折り、今は公務員をやっているという。
かつての友人に憐れむような目を向けないよう、目をそらした先に、ちょうどカフェオレをもってきた店員の顔があった。
ポカンと口を開けたくなるような美形で、思わずマジマジと見ていたら、こちらの視線に気付いて、舌打ちしやがった。
だから、ネットには頭悪そうなキャラにして書き込んでやった。そのままじゃあ話が展開しないから、このあと実は頭がキレるんですって書いてやるつもりだったのに。美形キャラのほうがウケがいいかとも考えたのだが、やはり真に面白い話というのは、そういう外見とは関係がないのだろう。
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「痛っ」
頬張った唐揚げと一緒に口の中を思い切り噛んで、マツダはキーボードを打っていた手を止めた。もう片方の手は、痛みの衝撃で箸を放り出してしまっている。
いくら締切が近く缶詰にされているからといって、差し入れの弁当を食べながらキーボードに向かうのはよろしくなかった。弁当を咀嚼するのに集中することにして、ここまで書いた文章をすがめた目で眺める。
主人公の外見は、まだ詳細に描写していないものの、これくらいでじゅうぶん、不健康そうな感じは出ているはずだ。
このあと主人公は、自分が創作してネット掲示板に書き込んだのと同じ状況に遭遇して……ということは後日またこのカフェを訪れるということだ。引きこもり気味の設定にしたから、外出に必然性をもたせるのが難しい。もう「なんとなく」外出して、友人と「ばったり」を使ってしまった。また「なんとなく」外出したら、スリーアウトではないか。
SF……「すこしふしぎ」小説だからといって、さすがにマズイ。
そうだ、最初に出てきた母娘が、主人公の母親と妹だという設定にすれば、ほとんど外に出ない息子を心配して「良さそうなカフェを見つけたから」と連れ出すというのはどうだろう。
「痛っ」
考え込みながら食べていたせいで、また口の中を噛んだ。さっきは右頬の内側、今度は左頬だ。次に舌を噛んだらスリーアウト……面白くもない思いつきにマツダは笑って、ポットサービスのコーヒーをマグカップに注いだ。
「熱っ」
コーヒーは思いのほか熱く、舌を焼いた。マツダは舌をつきだして天井を仰ぎ、息を吐く。
「なんか、この話、面白くねえって気がしてきたなあ……」
end
うん、そだね。私もそう思う。
思うけど、わあ、すっごい美形な店員……からここまで妄想したので、なんとなく書き留めておくのです。
ではまたいずれ。
ごきげんようごきげんよう。