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きみのテディベアによろしく。@妄想小説
前置き。
近所の、開店したばかりのとある店舗の入り口に、でっかいクマのぬいぐるみが鎮座してたんです。
店頭にぬいぐるみを置くという客引きの手法を聞いたことがあったので、ふーんと横目にしてたんですが。
効果がなかったのかなんなのか、数日でそのぬいぐるみはなくなっていました。
と、思ったら、まったく同じクマのぬいぐるみが、方向は違えどこれも近所の、こちらはもう何年も前からある店舗の前に鎮座。
まったく業種の違う店ですから、つながりがあってぬいぐるみを融通したということもなさそうです。
その、前からある店舗の方は、やはりずっと前から、ぬいぐるみを置いていたんですが、あきらかにそのクマのぬいぐるみは、新参者として置き場所が定まらず、見るたび置いてある位置が違って、持て余しているように見えました。
そこで。
あの新しい店舗のオーナーが、こっちの店のオーナーの知り合いかなにかで、客引きのために購入したはいいけど今ひとつなんで、こっちに押し付けたんじゃないの!?っと、妄想したのが以下の小説なのです。
前置き終わり。
あ、BL風味です。
嫁さんが邪魔だってうるさくてさ、と笑う敦司は、学生時代とかわらない日焼けした顔に白い歯が眩しい。浪人だか留年だかしたあと、どうにか念願の歯科医になったとは聞いていた。
まさか地元に戻って、開院するなんて。
僕は押し付けられた大きなテディベア、僕の身の丈ほどもある大きなぬいぐるみを抱えて、呆然としていた。
「この間、おまえンとこのパン屋で嫁が買い物してったんだよ。そのとき、店の前にぬいぐるみが置いてあったっていうから。ほら、ひとつもふたつも、変わんねえだろ?」
ニカッと微笑みかけられると、昔のように僕は頭がぼうっとして、うなずいてしまっていた。あとから思えば、久しぶりに会いたいなんて連絡をもらって、うかれて食事をする店なんて選んでたのに、玄関先で用が済むからと言われ、この、バカでかいクマを置いていかれただけなんて、体の良い不法投棄じゃないだろうか。
しかも、嫁、嫁って。
「万が一にもなんて、期待しちゃいなかったけどさあ……」
居住スペースになっている二階まで運び込む気になれなくて、敦司の帰ったあと、階段下に座らせたクマの鼻をつまんでため息をつく。
十代の短い間、敦司とは確かに、恋人同士だった。進路が違って、自然消滅した形だけど、僕が実家のパン屋をついで、何年も独身のままだってことを、敦司はなんとも思わないんだろうか。
「思わないんだろう、なあ……」
何事にも大雑把で、そこがおおらかに見えて、僕は好きだった。男同士で付き合うってことにも、ただの好奇心かもしれないとは思ったけど、気味悪がることもなく受け入れてくれた、僕の最初で最後の男なのに。
クマは間抜けな半開きの口で笑っている。向き合っていると、本当に大きい。これだけ大きいなら、結構な金額なんじゃないだろうか。奥さんに邪魔だと言われたにしても、だからといって捨てるには忍びない金額なのかもしれない。
もう一度ため息をついて、店の前に並べた僕のコレクションに、このクマがうまく馴染むかどうか、置き場所に頭を悩ませた。
置いてあるのは、僕が昔から好きなキャラクターもので、そこへこの、海の物とも山の物ともつかない、でかい以外は特徴のないクマは、はっきり言って「世界観が違う」というものだ。
かといって、今もやっぱりカッコよかった昔の恋人からもらったものを、言われたように店の前に並べず部屋へと運び込むのは、どこか後ろめたい。
僕は、誰もいないと分かっているのにキョロキョロと周りを見回してから、ぬいぐるみにギュッと抱きついた。
記憶にある、彼の匂いとは違う。だけど、今の彼が運んできた、彼の匂い。
けして抱きしめ返してはくれないテディベアを、僕は満足いくまで抱きしめ続けた。
次の日から、僕のキャラクターものぬいぐるみとテディベアを、店の前に並べた。
最初はバランスがとれなくて、店の左右に分けて置いていたら、お客さんの連れていた小さな子どもが、別々なのがかわいそうというので、また次の日はまとめて並べてみた。
最終的には、元々キャラクターを並べていた椅子にクマを座らせ、その膝にキャラクターたちを並べることにした。
僕から見れば「違和感がスゴイ」光景だし、それがまた、いわゆる陽キャだった敦司と、ひとりでパン生地をこねたり、新しいパンのアイデアを夢想するのが好きな僕とは似合わなかったんだろうなんてことまで思わせて、あまり気分の良いものではない。
それでも、閉店のときに椅子ごと引きずって片付けるとき、テディベアから少しずつ、敦司の匂いが消えていくのが、切ないようで、だけどこれでずっと未練たらしく思い続けていた恋も終わりにできる気がして、仕事の終わりに、ギュウッと抱きしめるのがやめられなかった。
店が休みの日、駅前に買い物に出かけて、なんとなく敦司の歯科医院の前を通った。
地元に戻ってきたと聞いたときも、駅前に開院したと聞いても、敦司から連絡が来るかもしれないと淡い期待を抱いている間は、近寄れずにいた。
わけもなくドキドキしながら近くまでいって、目を疑った。
いまは僕の店にいるはずの、大きなテディベアが、歯医者の看板の横に座っている。だらしなく開いた口も、半端な薄茶色の毛並みも同じだ。違うところといえば、季節柄、サンタクロースの帽子をかぶらされているところくらいだ。
確かに僕は、昨日の夜にいつもどおり室内に入れて、今日出かけるときも、その傍らを通るとき鼻の頭をなでてきたのに。
ひどく狼狽えて、買い物どころではなくなって、家へ駆け戻ると、テディベアは、出かけたときと同じくそこにいた。
(どういうこと……?)
混乱した頭を整理して、ぬいぐるみを受け取ったときに敦司と交換した連絡先へ連絡したときには、せっかくの休日をもうほとんど潰してしまっていた。
昔からチマチマとメールをうつのが苦手といっていた敦司は、既読がついたあと、返信ではなく通話があった。
『悪い悪い、ビックリさせたか? あれからやっぱり、あのおっきいぬいぐるみは〜って子どもの患者から言われたりしてさ、結局また買ったんだよ』
「そんな、言ってくれたら返したのに」
『まあ、たいして高いもんでもないし、おまえンとこに並べといたものを、こっちにまた置くっていうのも、なんかなあ……』
快活そうな敦司の声が、後半、やけに歯切れが悪くなる。そこに、昔付き合ってた相手のところに置いていたものを、という、うっすらとした忌避感があるように感じたのは、僕の被害妄想だろうか。
なんといって通話を終わらせたか覚えていない。
夜になって、どうしても気になって、敦司の歯科医院のところまで行った。
テディベアは、ロールスクリーンをおろされ閉まっている医院の前に、出しっぱなしになっていた。
最初に見たときよりもずっとショックを受けて、気がつくと家に戻っていて、テディベアを画像検索で色々と調べはじめてていた。
確かに、大きさから受ける印象ほどは高額ではなかった。人気のユーチューバーの動画によく写っているとか、この大きさだ、中の綿をぬいて人間が入ってドッキリを仕掛ける動画も出てきた。
だから、僕はドッキリを仕掛けるつもりだったんだ。
サヨナラの一言もなく、僕からのメールにも返信をよこさず、フェイドアウトしていったかつての恋人に。
なにもなかった顔で、一瞬プレゼントかと期待させるようにテディベアを押し付けていき、僕がまだ独身だと知ると、わずかに顔をゆがめて笑った彼に。
とても寒い。
サンタクロースの帽子は取り去られ、今は鼻面にしめ縄と松葉とみかんが引っ掛けられていた。バレないように、そのままこちらの鼻に引っ掛けた。
車の中に隠した方は、毎日外に置き去りにされていたせいか、僕の持ち込んだクマより毛並みがゴワついているようだった。
しみこんでくる寒さに、中の綿をもっと残したほうが良かったのだろうかと考える。だらりと投げ出した手や足が冷えて感覚がなくなっている。
今、何時くらいだろう。ドッキリ動画を撮るつもりだった、ということにするから、スマホは持ってきている。でも、とにかく眠くなってきて、時間を確かめるためにぬいぐるみの中で動くのも億劫だ。
うとうとしかけた頭で、僕はふと、まだ年は明けていないのにしめ飾りのようなものを鼻に引っ掛けてあったわけに思い至った。
僕のパン屋は元旦だけ休むつもりだったから、気が付かなかった。病院は、救急でもなければ30、31日は休診かもしれない。そして今日は……今日は何日だったっけ?
思い出せないまま、意識が、遠くなった。
え、さて。
BL的には、このあと飲み会帰りでウェイウェイしてる大学生がふざけてこのクマをいじり、中に人間が入っていることに気づき、常識的には警察か救急車というところ、大学生のうちのひとりが一人暮らしの部屋に連れ帰ってあたためてあげることになります。BL的に。
お人好しがすぎる大学生は、このメンヘラ入ったアラサーパン屋を幸せにしてくれるのでしょうか。
ではまた。
続きません。
ごきげんようごきげんよう。