生きろ。

早苗は、人生に絶望し、
何もかも信じられなくなっていた。
誰の言葉も響かない。
何を聞いてもそらぞらしい。
ただただ頭をよぎるのは、
人生を自分の手で終らせたいという誘惑。
いつも自分の死を想像し、死に方を模索する。
人生に彩りが一切消えて
モノクロの世界に浮遊している自分を
消し去りたくて仕方が無い。

死、死、死、死、死、、、、、
ネガティブ過ぎる思考回路が止まらない。
「死にたい」と思っている自分が、
「死にたい」という願いさえ失い、
生きてようが死んでようが、
どうでもよくなってしまったら、
本当に完全にスッカラカンで、
もっと最低最悪なのだろうと思う。
「死にたい」という最低過ぎる願望でも、
スッカラカンよりましな気がして、
最後の願望を失わない様に手放さない様に
必死にそれにすがっている自分を感じる。
「死にたい」気持ちを失うのが
恐いなんてどうかしている。

何を見ても見えてこない。
何を聞いても聞こえてこない。
何か外的刺激を受けても、
それが脳に伝達されても、
それが心に伝達されても、
何の考えも起こらない、
何の感情も起こらない、
何一つ感じない。
きっともう、とっくに
死んでしまっているのかもしれない。
もう死んでしまっているから、
つじつまがあう様に、
「死にたい」と思うんだ。
死に損ないの自分に
飽きれてため息が出る。
どこまで、ぶざまなんだろう。

そこまで考えて、早苗は自分の思考に疲れた。
死を考え続ける自分の頭の中の声を止めるために、
見たくはないけれどテレビをつけた。
テレビの中では、芸能人が楽しそうに何か喋っている。
いつもどおり、テレビの内容も早苗を通り抜けて
何一つ残らない。
テレビの内容に注意を向けようと、
スクリーンの中で起こっている事を頭の中で解説する。
バラエティ番組の司会者がスペシャルゲストを紹介している。
海外から有名ミュージシャンが来て番組に参加してくれますと
司会者は興奮気味に話している。
彼の来日で、視聴率を稼げるからなのか、
番組内は浮き足立っていて滑稽だ。
憧れのアーティストに対して、芸能人達が
あれこれ質問をぶつけては、丁寧に回答し
隣にいる通訳者が日本語で翻訳している。
彼の大ファンである芸能人のひとりが
「聞きたい事があり過ぎて、時間がなさすぎる!」
と番組の規定時間を嘆く。
それを聞いて早苗の頭の中で
「聞きたい事なんて何一つない。時間だけがありすぎる。」
と、また自虐的な言葉が流れる。
司会者が最後に彼に
「何か、日本の視聴者のみなさんにメッセージをお願いします」
と言った。彼は、
「日本のみなさん、直接お会いした事はありませんが  」
と前置きをし、通訳者が翻訳した後、
ゆっくり、たった一言、
「 I   DO   LOVE   YOU .  」
  と言った。
そして、画面は切り替わり、
事前に収録したであろう彼の歌っている姿が
彼の歌声と共に流れた。

その瞬間、早苗の中で、何も無かったはず空っぽの心から、
突然轟々と何かが溢れ出した。
その津波のような勢いにつられて、
目からは大粒の涙が溢れた。
本当だ、本当だ、この人は、本当に言っている。
私に向って言っている。
会った事もない、彼の楽曲も詳しくは知らない。
だけど、わかる。嘘じゃない。建前じゃない。
彼は、歌を作っているのではない。
歌を歌っているのではない。
彼は伝え続けていいる。
「 I DO LOVE YOU . 」を
言葉にのせて、音楽にのせて、歌声にのせて、
何度も何度も丁寧に、世界中へ発信している。
早苗に突き刺さった「 I DO LOVE YOU . 」を
翻訳家が何と訳したのかは、聞こえなかったが、
それは、早苗の中心で大きく
「生きろ!生きろ!生きてくれ!」
と雄叫びのように叫んでいた。

生きる!生きる!生きる!生きる!
彼から受け取った「 I DO LOVE YOU . 」で
「死にたい」気持ちを失った早苗は、
生きる意味を手にしていた。
彼から受け取った「 I DO LOVE YOU . 」を
無条件で信じたい。
彼から受け取った「 I DO LOVE YOU . 」を
受け取る側から与える側になりたい。
早苗は、自分の中から溢れてくれる
「 I DO LOVE YOU . 」を余す事無く
死ぬまで世界に発信しつづける決意をした。
すると、生きる喜びが、生きる希望が始まった。

それは、まるでロウソクの火のように、
一度消えてしまったら、自らでもう一度燃える事はできない。
でも、誰かがもう一度小さな火をくべてくれたのならば、
何度消えた火も、もう一度燃え盛れる。
燃えてるロウソクは、消えてるロウソクに
火をくべる事だってできる。
消さない様に、消えない様に、
自分のロウソクを燃やし続けよう。
それは、消えてしまった誰かのロウソクに
いつでもそっと火をともしてあげれるように。
でも、自分のロウソクの火が消えてしまう事を
恐れるのもやめよう。
消えたら、また誰かにともしてもらえばいい。
世界中の全てのロウソクから同時に火が消える事はない。

それから、早苗は強くなった。
そして毎日叫び続ける。
仕事を通じて、活動を通じて、表現を通じて。
世界よ、生きろ!世界よ、生きろ!
それが、早苗の「 I DO LOVE YOU . 」

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