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小春日和のセーラムドライブ 4

 レースがスタートした。南井騎手を背にしたタマモクロスは、ライバルと思われるオグリキャップの末脚を警戒したのか、いつもより前方の位置につけていた。
 一方のオグリキャップは先を走るタマモクロスをマークするように、河内騎手は中団でじっとチャンスを窺っているようだ。

 4コーナーを回る頃にはスタンドの大歓声が地響きのように聞こえてきた。
 一般的に芦毛は加齢とともに白さを増していく。2頭を比較すれば、より白く見える1歳上のタマモクロスが、脚色の鈍った逃げ馬を早くも捉えて、先頭に立とうとしていた。すかさずその直後をねずみ色という表現がぴったりのオグリキャップが追いかける。
 前評判通りの一騎打ちになり、スタンドの歓声も最高潮に達した。

 茶色く枯れた秋の芝生の上に、ちょうど夕陽の方向に疾走する2頭の影が長く伸びていた。省吾の目にはその風景が一枚の静止画のように映っていた。
 一瞬、オグリキャップの末脚に勢いがつき、馬体を並べるかと思った瞬間に、タマモクロスが首を水平に伸ばす独特のフォームでもうひと伸びして、追撃を封じてゴールした。

 最終レース終了後、省吾は辰野と競馬場で別れ、実家に寄ることにした。たまには帰る気にさえなれば、ほんの2,3時間で一人息子である自分の元気な顔を両親に見せてやることができるのだが、夏以降、休日は美里と過ごすことが多くなり、今日は3ヶ月ぶりの実家だった。
 両親と夕食を共にした後、省吾は仮配属先の地に戻るため、最寄り駅に向かった。この時間では既に特急列車はなく、ホームに停まっていた各駅停車の空いているボックス席に座った。

 やがて列車は市街地から山間部に進み、外の景色の大部分が黒い山肌となり、窓にはそのシルエットを背景に、蛍光灯の灯りで照らされる車内と自分の顔が映っていた。省吾はその自分の顔を見ながら、先程まで一緒にいた両親の顔を思い出していた。
 今はまだ50歳代の両親は共に健在ではあるが、今後どちらか一人になった時、自分はどこに配属されているのだろうか。そしてその時、自分の新しい家族は、配偶者は、子どもは…。

 翌日は午前中に月曜定例の会議があり、それが終わると支店長はじめ他の社員は営業活動のため外出していった。社内には省吾と美里とアルバイトの女性のみとなり、昼食時には、弁当を持参していたアルバイトの女性に電話番を頼んで、ごく自然な流れで、二人は支店から数分歩いたファミリーレストランに向かうことができた。
 「はい、馬券。残念でした」
省吾は周囲の客や店員の目に気を使いながら、オグリキャップの単勝馬券を美里に手渡した。
「テレビ観たよ。省吾の言ったとおりだったね。二人ともすごく速かったね」
「馬を2人とは言わないだろう。1頭、2頭だよ」
 以前違和感を覚えた「速い」という表現に加えて、2頭の競走馬を「2人」と言った美里に、省吾は笑いながらそれを訂正した。
「競馬場って広いんだね。一度行ってみたくなっちゃった。ここから遠い?」
「特急に乗って新宿まで行って、それから京王線に乗り換えて…、だいたい2時間強かな」
「ねぇ、一度連れていって」

(続く)

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