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小説 『探偵メトロ東西線』 T-01 中野駅(後編)

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翌、日曜日。


探偵メトロは、待ち合わせ時間を午後2時30分に指定してきた。場所は昨日と同じ東西線中野駅、3・4番線ホームの10号車付近だった。


なぜ、昨日より三十分早いのかと不思議に思った私だったが、約束の十分前に到着すると、探偵メトロはもうホームの端に立っていた。


私に気づいた彼は、おう、と声を発せず口の形だけで話す。


そのたたずまい、昨日の傲慢な出会いとはうってかわって、紳士な探偵の姿だと私は感じた。


私は彼に語りかける。


「すみません、一晩ずっと考えていたんですが、残りの二つについては、わかりませんでした」


「ひとつ分かっただけでも、探偵アシスタントとして合格だな。素質はあると思っていい」


上から目線でイラッとするが、彼なりにほめているのだろう。


「それで、残りの二つというのは……」


「それは、本人の前で話すとしよう」


そう言って探偵メトロが私の後ろを見る。


近づいてくる長身の女の子、チカだった。今日は私服。


彼女はきょろきょろと周囲を見ている。友達のナオがいないことを気にしているようだった。


「ナオさんなら三十分後に呼んである。まずは君と話がしたいと思ってね」


探偵メトロがそう言うと、チカは不審な顔をする。


「私だけに、話したいことがある、ということですか」


「君なら、もう分かっていると思うんだけど」


探偵メトロが微笑む。


「君が昨日見せてくれた動画と、それと友達の画像を見て気がついたことがあってね、まずはアシスタントから」


どうぞ、と話をふらて、私はチカを見る。


「その前にチカさん、昨日見せてくれた友達の動画を、もう一度見せてくれませんか」


「ええ」とチカがスマートフォンを取り出す。


アキト君の動画を見て。私はやっぱり、と確信する。


「これを見て欲しいんだけど」


私はスマートフォンを取り出し、東西線で取った写メを彼女にかざす。


「車内を撮ったものですか?」


「そう、実はふたつあって」と、スライドさせて、ふたつの画像を交互に見せる。


「違い、わかる?」


さあ、と呟いたきり、チカは何も話さない。だったら、こっちから話さないといけないだろう。


「ほんの少しの違いだけど……ここを見てほしい」


吊革を指し示す。


一枚目には吊革が画像の上の方に吊革が写り込んでいるけど、もう一枚には写っていない。


「何が違うかというと、スマートフォンをかざした高さなの。吊革が写っていない最初のは、こんな感じ」


私は電車の座席に座るくらいの位置まで屈んで、自分のスマホを顔より低い位置にすえる。


「あなたが見せてくれたのは吊革がみえていたんだけど、これよりずっと高くて……このくらい」


今度は、顔のちょっと上まで持ち上げた。その差は20センチくらいだ。


チカはまだ(何のこと?)と言った顔をしている。


「あなたが見せたくれたアキト君の動画は、吊革が写っている高い位置から撮影したと気づいたの。つまり、彼を撮影したのは、背の低い友達ではなく、あなただってこと」


「友達だって、高い位置から撮影できるじゃないですか」


「そうよね。でも、もしこれを背の低い友達が撮影したら、たぶんこんな風になると思う。こんな撮り方は変でしょ」


私はスマートフォンを頭の上に掲げる。


「立っていたかも知れない。彼女が撮ったのではないと疑うのなら、電話して聞いてもらってもいいですけど」


「うーん」


そう反論してくると思った。チカが友達と口裏を合わせていたら、私の推理は立証できないのだ。


案の定、チカは(どうよ?)といった顔になる。


「まあ確かに、友達に聞けばわかるけどね」


探偵メトロが口を挟んでくる。


「私も動画のアングルについては疑問に思ってました。そして、さらに気になったことがあったけど、いいかな?」


こくり、とチカがうなずく。


「もう一度、さっきの動画を見せて」


探偵メトロの指示で、アキト君の動画が再生される。


《お待たせしました。この電車は三鷹行きです。次は高円寺、高円寺です……》


アナウンスの中、スマートフォンを見ているアキト君。当たり前だけど、昨日見たものとまったく同じ動画だ。しばらくして、


「ここでストップ!」


探偵メトロの指示で、動画がストップされる。


ん? ここで何が起こったというの?


これには私も、チカも「?」になってしまう。


「気づかなかった、今の?」


「今の……って?」とチカ。


「アキト君の横にいた、サラリーマン。今ちょっと、彼の方に向かってよろけてた」


「それが、どうしたんですか」と、今度は私が反応する。


「電車内で、立っている人が唐突によろけることってある? 病気か何かなら、周りの乗客がその様子を不審に感じるはずだ。ところが、彼がよろけたことに誰も反応していない。するとこれは、当たり前のことが起こったということになる」


「当たり前の?」「こと?」


「そう。電車の中で人がよろけるって、どういう時だと思うかな、チカさん」


「電車が揺れたってこと?」


「正解。しかも横にではなく、アキト君のいる、進行方向左側によろけた。よく見ると、手前に映っている吊革も、この瞬間に微かにゆれているのがわかる。もう一度、再生して」


そう言われて、チカが動画を再生させると……なるほど、探偵メトロの言うとおり、ある地点でサラリーマンがよろけて、吊革がかすかに動いている。


でも、これがどうしたっていうの?


「二人とも、まだ気づいていないので説明しよう。これは一番線を発車した、黄色い総武線では起こらないことなんだ。三番線発の東西線の三鷹行き直通は、総武線の線路に入るので、ポイントで進行方向左側にちょっとだけ揺れる」


「そういうコトかあ!」


私は思わず、感心の声を上げてしまった。


横を見ると、チカは黙ったまま。探偵メトロがたたみかける。


「だったらチカさんはこう言うかも知れない。友達が勘違いをしていたからで、アキト君もたまたま東西線車両に乗っていたんだって。でも、ここを見てほしい」


探偵メトロは、アキト君のカバンを指さした。


小さな青いクマのぬいぐるみが、アキト君のカバンにぶらさがっている。


「あっ!」と私も気づく。


そういうこと、だったのか……。


「昨日ここで制服姿の君たちと会ったときに、君のカバンにも、同じ青いクマのぬいぐるみがカバンにぶらさがってた。もう私は気づいていたんだけどね」


「…………」チカは、うつむいてしまった。


探偵メトロの推理は続く。


「君が見せてくれた動画のアングル、電車がポイントで揺れていること、そして青いクマのぬいぐるみで、おおむねわかってたんだ。あの時に確認できなかったのは、ナオさんには話したくないという、君の気持ちだった。だから今日は、ナオさんとは別の時間を設定して、君だけに聞きたかった」


「私が、アキト君と付き合っている、ということをですか」


観念したのか、チカの口から真実が語られる。


「そう。私の推理はたぶんこうだろう──アキト君を忘れられないナオさんが、彼の学校を探しに行こうと言い出した。君は本当が言えなくて、ウソの動画を作った」


「はい。総武線に乗って通学していると思ったら、実際彼が通っている高田馬場の高校には来ない。そして東中野の高校でいくら待っても彼は現れないから、あきらめてくれるだろう」


「それは、チカさん、あなたが親友のナオさんを傷つけたくないからだと私は思っている。ナオさんもそう思ってるよ」


「ナオも? どういうことですか?」


「君は、ナオさんが知らないと思っているようだけど、そんなことはない。今日の待ち合わせ時刻を伝えるとき、もしかして気づいてますか、と聞いたら『はい』って返事があった。彼女もすでに動画を見て気づいてたんだ。あの距離からスマートフォンで撮影したら、相手は気づくはずだって。君は動画を主張するから、この探偵メトロに声がかかったわけだ」


「ナオ……」


後悔の念が湧きだしてきたのか、チカの目から涙がこぼれる。


「ナオさんは、君に怒っていないから安心していい。むしろ、お似合いのカップルだから、祝福してあげたいとも言ってた。でも、ウソをつかれたことはショックだったみたいだから、心を込めて謝れば、彼女は許してくれるよ」


「わかりました……ありがとうございます」


チカが深々と頭をさげる。


「ナオさんは、もうすぐここにくるから、あとは君たちに任せたよ。仲直りしてくれよな」


探偵メトロが歩き始める。


私も彼のあとを追った。


「お見事ね、探偵メトロ」


「なあに、このくらい朝メシ前だ」


「朝メシって、もう午後三時よ」


「だな、そういえば昼メシ、まだ食べてなかった。南口の肉そば屋にでも行こうかな」


「何それ、美味しそう」


「これ以上、ついて来んなよ」


「いいじゃない。ご馳走してあげる。お近づきのしるしに」


「ご、ご馳走って」


「あ、ラッキーって顔してる」


「うるさいなあ」


そんな憎まれ口を叩き合いながら、私と探偵メトロは階段を降り、南口改札に向かっていった。


《T−01 中野駅 おわり》

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