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小説 『探偵メトロ東西線』 T-05 神楽坂駅(前編)
面白い駅だなと思ったのは、ホームに降りた時だった。
東西線の駅には西船橋行き、中野行きの線路があって、ホームは二つの真ん中か、もしくは両側にあるはずなのに……この神楽坂駅は一つの線路、一つのホームしかない。
え、どういうこと? と思った。ほぼ毎日東西線を利用している私なのに、神楽坂駅の構造を理解していなかった。
ホームに降りた私は、改札口に向かう過程で、この駅の特殊な構造に気づいた。地下二階の構造になっていて、中野行きホームの下に、西船橋行きのホームがある。
「なるほどぉ」と思いながらエスカレーターで昇っていくと、見慣れた金髪が改札の向こうに見えた。
今日はここ、神楽坂駅で謎解だ。
数日前、探偵メトロのツイッターに依頼があった。
《探偵メトロさま 次は神楽坂駅での謎解きですよね。是非、依頼を受けていただきたいのですが》
ユキと名乗る、たぶん女性だろう人からの依頼に、探偵メトロは丁寧に答えている。
《ユキさま ご依頼ありがとうございます。承ります》
となると、今回も東西線のホームか改札口で謎解きがスタートと思った……けど、ちょっと違った。
《よろしければ、父が経営する割烹でお話させていただきたいのですが。よろしいでしょうか》
《かしこまりました。それではDMでご連絡をお待ちしております》
ユキさんと探偵メトロは相互フォローして連絡を取り合ったようだった。私は蚊帳の外かあ、と思っていると、
《お前も来るか?》とDMが入る。
相変わらずの上から目線DMにイラッとくる。
けれど《よろしくお願いします》と返事をすると、《土曜の午後1時50分に神楽坂駅1a側の改札で》と返ってきた。
そして、土曜の午後、私は東西線に乗って彼との待ち合わせ場所に向かったというわけだ。
「こんにちは、探偵メトロ」
塩対応に馴れていた私は、相変わらすの無愛想リアクションを想定しながら、それでも「押しかけアシスタント」として平身低頭でいようと思っていた。
案の定、「ああ」と小さく口を開けただけで、探偵メトロは背中を向けてスタスタと歩きだす。中野駅から始まった謎解きはここで五駅目なんだから、もう少し親しくなってもいいのにと思うのだが、コイツには無理な話なのだ。
階段を昇りきって地上に出る。神楽坂の街が現れる。
「依頼者のお店は、近いんですか」
後ろから声をかけると。「ああ」と返事。こっちを向かない。
「神楽坂のメインストリートには面していない。途中で左に折れる。住宅街の中にあるようだ」
「ふうん」
ネットとかで読んだことはある。神楽坂の飲食店って隠れ家的なものが多くて、業界人とか食通の人が通ってるって。
「探偵メトロは、神楽坂で飲んだことあるんですか」
「君はどうなんだ」
「えっ、あいや、その」
逆に振られて、慌ててしまう。
「私、ついこないだまで高校生でしたし、まだ未成年ですから、お酒とかは」
「だな。実は私も来たことがないんだ。酒もダメだし」
「そうでしたね」
前回、早稲田駅で謎を解いたお礼で、依頼者の坂上さんの中華料理をご馳走になった。
酢豚、麻婆豆腐、チャーハン、餃子と町中華の定番的な料理の数々を、お腹がはちきれんばかりにいただいた。探偵メトロは坂上さんが勧めるビールや紹興酒を「下戸なんで」と断っていたのだった。まあ、確かにそんな感じもする。でも、
「お酒が飲めなくても、付き合いとかでお店に行くことだってあるんじゃないですか」
「一緒に食事をするような、そんな付き合いをしている相手はいない」
ということは、坂上さんのお店で一緒に食べた私という存在は珍しいんじゃないかと。
「君との食事は別件だ。招待だったからな」
「はいはい。そうですよね」
どこまでも心を開こうとしない態度にイラつくが、まあ、こんな奴だってことはわかっているから、いいか。
探偵メトロは大通りから左にさっと曲がる。早足なので置いて行かれそうになった私は、急いで彼のあとを追う。
脇道に入ると、本当に東京の真ん中かと思うくらいに、閑静な住宅街の装いに変わる。こんなところに割烹があるなんて。
探偵メトロはなおも早足で細い道を歩いていく。曲がりくねった路地は迷路のようで歩いていて楽しいが、今日の目的はお散歩ではない。
しばらく歩くと、彼の肩ごし、道の先でこっちを見ている女性がいた。和服に白の割烹着、凛とした佇まいに気品を感じる。
彼女も私たちの登場を確信したのだろう。深々とお辞儀。
近づいた私たちも、彼女の前で頭をさげた。
「探偵メトロさんと、アシスタントさん、ですよね」
「はい。依頼者のユキさん、ですよね」
「そうです。本日はありがとうございます」
白くて丸い顔。微笑んだ切れ長な目が細くなり、弓のような美しい形になる。目だけでなく存在そのものが美しい女性だなあと私は思った。
「どうぞお入りください」
格子戸をカラカラとあけて、ユキさんが中へと案内する。探偵メトロと私は「失礼します」と会釈して入っていく。
「らっしゃい」
「いらっしゃいませ」
二人の男性の声。カウンターの中には清潔そうな調理白衣、帽子を身につけた板前さんが並んでいた。
最初に声をかけた人が、ユキさんの父親だろう。年の頃は六十前後といったところか、微笑む目尻の皺に年季を感じる。
一方、ユキさんの連絡では存在が分からなかった人は、若い板前さんだった。
「父と、板前の吾朗さんです」
「よろしくお願いします」
深く頭を下げたのは、吾朗さんだった。きりっとした顔立ち。板前の修業に励んでいる好青年って印象だ……なんて年下の私が言うのも失礼かもしれないけど。
「今、お茶をお出ししますので、そちらのカウンターにおかけください」
ユキさんに促され、私と探偵メトロは椅子に腰かける。
──これが、割烹かあ。
来たことのない私は、ついキョロキョロと店内を見てしまう。そんな様子を探偵メトロに気づかれた。
「割烹は初めてか」
「ええはい。さっきも言ったでしょ。つい最近まで高校生だったんですから」
「へえ。てことは、お嬢さんはまだ十代ですかい」とユキさんの父親でもあり、店の主でもある人がニコニコ笑う。娘のユキさんと同様に弓形の目が美しい。
「探偵さんの妹さんですか?」
「いえ」と即答したのは探偵メトロ。「赤の他人なんですけど、私が趣味でやっている探偵業に押しかけてきたアシスタントなんです」
「押しかけですかあ」
ご主人がさらに微笑む……何よ、この展開。
「お父さん、余計なことを言わないの。お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
ユキさんが出してくれたお茶を手にする。ちゃんと淹れた、香りの高いお茶だった。
「おいしいですね」
「ありがとうございます。私はフロア担当なんで、お料理を作ったりはしないんですけど、美味しいお茶なら自信がありますからね」
オチャメなことをいって、ユキさんが笑う。
「今度は是非、食べにきてください」
「は、はい……」と言いながら、私はさっきから気になっていたことがある。店内にメニューがないのだ。そんな私の様子にユキさんは気づいたようだ。
「あ、ウチの店はコースでお料理をお出ししてるんですよ。夜は五千円、八千円、一万円。でもお昼のランチなら千五百円で召し上がっていただけますから」
「そうなんですか」
だったら一度は来てみようかな、と思った。
「それでユキさん、ご依頼というのは」
長くなった前置きに痺れをきらしたように、探偵メトロが本題を切り出した。そうそう、それが来訪の目的だったのだ。
「そうでしたね、すみません。で、依頼というのは、実はこの私ではなく、吾朗さんのことなんですよ」
ほお、という顔をして探偵メトロはカウンターの向かいに立つ吾朗さんを見た。
「あいや、その……オレはいいって言ったんですよ。でも、ユキさんがせっかくだからって」
弁解をしているような吾朗さんに、「でも、吾朗さん。ハッキリさせた方があなたのためになるじゃない」と、諭すように言う。どうやらここでのヒエラルキーは店主のお父さん、娘のユキさん、そして吾朗さんという順のようだ。
「はあ……」と気乗りのしなさそうな返事を吾朗さんがする。
「何よ、吾朗さん。昨日まであんなに気になるようなことばかり口にして、仕事が手に着かない様子だったじゃないの」
「それは、その……スミマセン」
ユキさんに押し切られ、吾朗さんはタジタジになっている。
「では」と探偵メトロが話に割って入る。「今回の依頼は、こちらの吾朗さんから伺えばよろしいのですね」
「そうなんですけど、本人がこの通りモジモジしちゃってるから、私から説明させてもらいます。いいわね。吾朗さん」
「はあ、はい……」
可愛い顔をして、結構強い女性なんだな、ユキさんは。
「では改めて依頼の件を説明させていただきますとね。ある女性について調べていただきたいんですよ。最初からズバリ言っちゃいますけど、吾朗さんの初恋の女性が、いま東京で働いているらしくて」
人さがしか。これまでだと、落合駅で母娘からの依頼でおじいさんを探したことがあった。ユキさんも知っていた。
「探偵メトロさんのツイートを拝見したら、これまでも人さがしの依頼を受けておられましたよね」
「ええ。それで吾朗さんの件ですが、東京の会社で働いているらしいということは、何らかの情報を得たわけですよね」
「得たも何も、先週、彼女がお友達と来店されたんです」
「え、だったら」と私が口を挟む。「もう会われているのであれば、解決なんじゃないですか」
「いやあ、それが違うんですよ」と今度は父親の店主が答える。吾朗さんといえば、ずっと俯いたまま。
「その女性が吾朗の初恋の人だったってわかったのは、彼女がお帰りになったあとの話なんです。コイツの様子がどうにも変だったから聞いてみると、実はカクカクシカジカって……まあ、吾朗は板前修業中の身でもありますから、私に遠慮してその場で声をかけるのをはばかっていたんです」
「真面目な方なんですね、吾朗さん」
私が言うと「いえ、その」と、吾朗さんはどうしていいかわからなくなって首を振るだけだった。代わりにユキさんが話す。
「その女性、名前はミナミさんっていうんですけど、あのテーブル席でお友達と話してたんです。聞こえてきた話の断片からお住まいや会社がわかればと思って……でも素人の私たちじゃダメだから、探偵メトロさんに依頼したわけです」
「ご指名いただき、光栄です」
探偵メトロが丁寧に頭を下げ、ややあって、上げた。
「では、ここからは吾朗さんに伺いましょう」
そう言って探偵メトロはお茶を一口すする。
「吾朗さん」
「は、はい」
「単刀直入に伺います。そのミナミさんという女性を、今でもあなたは好きなのですか」
「えっ」と反応したのは私だった。
いや、私だけではないだろう。吾朗さん本人も、ユキさんとその父親も黙り込んでしまって、店内に沈黙が流れる。
私は探偵メトロに睨まれてしまった。二つの泣きぼくろがある目尻が上がっている。
「あ、スミマセン」と謝るしかないだろう、ここは。
「いえ、自分はその、ミナミさんのことは別に」
うろたえる吾朗さんに、探偵メトロは畳み掛ける。
「別に……好きではない、ということでいいですか」
「ええ、まあ、はい……十年以上前のことですし」
「十年前、とおっしゃいますと、推測するに中学時代に好きだった方でしょうか」
「そうです。中一のときに好きになって、ずっと好きだったけど、何も言えないまま卒業して」
「別々の高校に進学された」
「彼女は親の仕事で遠くにに引っ越してしまい、そのあとのことはわからなかったんです」
「ちなみに吾朗さん、あなたはそのあと?」
何か尋問みたいだ。探偵メトロの圧がすごい。
「自分は地元の高校を出たあと料理人になりたいと思って東京の専門学校に二年通って」
「そのあとはこちらのお店に」
「はい、今年で五年目になります」
「そうですか……」と言葉を止めた探偵メトロだったが、すぐに笑顔を見せた。
「私は、吾朗さんが羨ましいです。自分の描かれた夢に向かって努力をされている」
「いえ、そんな」
「謙遜なさらずに。それは立派なことだと思いますから。ねえ、ご主人もユキさんも、そう思いますよね」
「ええ」「そう、思います」と父娘がうなずく。
なんなんだ、この展開は──私が戸惑っていると、探偵メトロは話を続ける。
「目下修業中のあなたのところに、初恋の人であるミナミさんが現れたというわけですね。けれどあなたは仕事中でもあり、気安く声をかけるわけにはいかなかった」
こく、と吾朗さんがうなずく。
「で、もし彼女の住所や勤務先などがわかったとして、あなたはどうしますか?」
「どうしますかも何も、初恋の女性だっただけで、それ以上のことは何も」
「それでいいの? 吾朗さん」
「いいんです。いいんですって」
問いかけるユキさん。吾朗さんはムキになって返す。
あれ、と私は思った。吾朗さんの気持ちが裏腹っぽいのだ。それはつまり、初恋の人に未練があるのかと。
「わかりました」と探偵メトロはもう一度お茶をすすって吾朗さんを見る。
「先日、そのミナミさんが来店されたとき、あそこのテーブルにお友達と座っておられたんですね」
「はい」と吾朗さんが答える。「お友達二人と、ミナミさん。計三人でいらっしゃいました」
「どんな話をされてましたか」
「ええとですねえ……」と吾朗さんが天井を仰ぐ。
「同席されていたのは同い年くらいの女性のお友達でしたが、仕事の話をされていたと思います。でも、聞こえてきたのは断片的なもので」
「断片的で結構ですよ、教えてください」
「自分が聞いたのは、通勤の話だったと思います。お友達が言ったのは『出社するときは大変だけど、帰りは楽』って」
ふむ、と探偵メトロが考える顔になる。
何だろう、と私も考える。「出社するときは大変だけど、帰りは楽」ってことは……坂道ってことかな。だとしたら勤務先は神楽坂かな。坂道の上に会社があると考えられるし。
「でもミナミさんは『私はそうでもない』って言ってました……これってどういう意味なんでしょうかね」
ミナミさんが「そうでもない」と言うのなら、それほど急な坂道ではないとも考えられる。だとしたら神楽坂に会社があるという可能性は消えてしまうかも。
「ふむふむ……ほかに手がかりになるような話は」
「こんな話も聞こえてきました。『朝、乗り換えようとしたら東西線が事故でストップしてたので、タクシーに乗って会社まで上がっていった』と」
「なるほど……なあ、アシスタント君」
いきなり探偵メトロが、私に話をふってきた。
「今の吾朗さんの話でわかったことがあったろ。君なりの考えを聞かせてくれ」
「ええと、まずですねえ、行きは楽だとかを聞いていると、坂道のことを言ってるのではと思います。ミナミさんと友だちは会社の同僚で、彼女たちの会社は神楽坂にあるかと」
「ふんふん、なるほど」
「あと、乗り換えようとしたら、ですが、東西線に乗って神楽坂まで来る前に、違う電車に乗っていることがわかります」
「何線だと、君は思う?」
「飯田橋駅で乗り換えるなら、JRの総武線、東京メトロだと有楽町線、南北線、都営地下鉄なら大江戸線ですよね」
「それだけかな?」
「それだけって?」
「東西線の、ほかの駅も考えられないか?」
「あ」と私は気がつく。
「そうか、高田馬場駅でJR山手線か西武新宿線から東西線に乗り換えるってことも考えられますよね」
「だよな。じゃあミナミさんは、どこの駅で乗り換えていると考えられるかな? 今の吾朗さんの話でわかると思うが」
んー、と私は考える。と同時に、アシスタントとして試されているのもわかった。ここは何とか考えだしたい……あ。
「タクシーに乗って会社まで上がっていった、というところですよね。であれば乗り換えの駅はやはり飯田橋じゃないでしょうか。そこからタクシーで神楽坂を上がって行った」
「……というのがアシスタントの推理なのですが、皆さんはどう思いますか?」
探偵メトロの問いかけに、吾朗さんは、うーん、と考える顔になる。店の主はうんうんと肯いた。
「アシスタントさんのおっしゃる通り、ミナミさんは飯田橋で乗り換えて、東西線で神楽坂までこられているかと思います。というのは……私は商売柄、お客さんの顔を覚えるようにしているんです。で、その日の朝、彼女がタクシーで降りるところを見たと思うんです」
「神楽坂をタクシーで上がってきたと?」
「ええ、はい」
探偵メトロとご主人の会話はごく自然なものだった。
私は横目でユキさんを見る。彼女も吾朗さん同様、何かを考えいるような顔をしていた。
「なるほど」と探偵メトロが肯く。「アシスタント君にしては、なかなかの推理だと思う。確かにミナミさんはここ、神楽坂にある会社に勤務していると私も思う。しかしだ」
一呼吸置いた。
「実は早稲田方面から神楽坂に向かうのも、登り坂になっているんだ。つまり、飯田橋駅で乗り換えという君の推理は完璧とはいえない」
「え、でも高田馬場からタクシーってことはないでしょう」
「絶対に、そう言い切れる自信はあるかな」
「い、いえ……絶対にと言われると」
「だよな。だったらミナミさんが飯田橋方面から神楽坂に通勤しているという根拠を探してみるといい」
「根拠って、そんなものがあるんですか」
「あるんだよ。もうひとつの手がかりである『出社するときは大変だけど、帰りは楽』、それと『私はそうでもない』って言葉に真実が隠されているんだ」
「はあ……」
「あ、いま、『この人、何言ってんの?』って顔しただろ」
「し、してません」
いや、実はまさにしてた……。
「だったらさ、今から神楽坂駅に戻って考えてみるといい。おそらく君ならわかると思うから、それと、吾朗さん」
「は、はい」
「申しわけないのですが、彼女と一緒に神楽坂駅まで行っていただけませんか。ミナミさんたちが言った言葉の意味を、あなたにも理解してほしいと思いますので」
「わかりました」
「あと、ご主人。話は変わりますが、こちらのお店はいつごろからやっていらしゃるのですか」
唐突に違う質問が出て、えっ、という顔を主人はしたが「ウチはここで二十年以上やってます」と答える。
「ずっと三人で……というわけではないですよね。吾朗さんは五年目、ユキさんもまだお若いですし」
「ええはい。吾朗の前にも弟子がいて、いまは独立して故郷で割烹をやってます。ユキの前は家内が接客をしてたんですが、三年前に病気で、早くに旅立ちました……」
ご主人の言葉に、空気が少し重くなる。
「それは、大変でしたね……突然に突っ込んだ話をしてしまい、申し訳ありませんでした」
探偵メトロが丁重に頭をさげる。私は(ん?)と思う。今までの話とずれているのだ。これは何か意味があると勘繰る。
「娘はね、探偵さん。家内が旅立ったあとに、三年勤めてたOLを辞めて店に入ってくれたんです。一人娘なんですが、本当に親孝行で助かってますよ」
「やだ、お父さん、今そんな話をしないでしょ」
いきなり自分の話題が出て、ユキさんは顔を赤らめている。
いい父娘だな、と私は思った。
「さて、アシスタント君、それと吾朗さん。すみませんが神楽坂駅まで行ってみてください。私はご主人と、ユキさんともうしばらく話がしたいと思うので」
「わかりました」と私は立ち上がる。
「それとアシスタント君、わかったことがあったら私にDMをくれたまえ」
「はいはい」
相変わらず偉そうな探偵メトロに少しイラっとしたが、それは顔には出さないようにした。
「じゃあ、吾朗さん。行きましょうか」
「はい」
吾朗さんと連れ立って店を出て、神楽坂駅に向かった。