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小説 『探偵メトロ東西線』 T-08 竹橋駅(前編)

「ここが地味な駅だって、思ってるだろ?」

「……!?」

なんで、探偵メトロは私の心を読むことができるの?

「つまらなそうな顔して、ぼんやりと駅構内を眺めている。もしかして、本当に思っていたのか」

「あいや……その」

「図星か」

「そうです……すみません」

「謝るなら、竹橋駅に謝りたまえ。君が思うほど、この駅は地味ではない」

「でも」と私は周囲を見回す。

東京メトロ東西線。T−08の番号がつくこの駅は、乗り換える路線もないし早稲田みたいに大きな大学もない(女子大とかはあるけど)。しいて言えば「毎日新聞社前」というアナウンスがあるから、大きな新聞社があるのはわかる。

「ハルはこの駅に降りたことがないのか」

「えーと」

私は記憶の糸を辿る。大手町は東京駅の乗り換えとか、友だちと丸ビルでランチしたことがある。九段下は武道館のコンサートで何度か降りていた。

でも竹橋って、あったかなあ……あ、そうだ。

「科学技術館って、この駅でしたよね」

「そうだ」

「じゃあ多分、小学生の遠足で来たことが」

「結構前の話だな」と探偵メトロが頬を上げる。

「笑うことないじゃないですかあ」

「失礼、小学校時代の君を想像していた。リュック担いで水筒をぶら下げて」

「そうでしたけど、ホントにこの駅には思い出がないんです」

「パレスサイドビルって、知らないか?」

「知りません」

「待ち合わせ時間はもうちょっと先だから、行ってみよう」

すたすたと探偵メトロは歩いていく。

「待ってください。いいんですか、あと十分で依頼者とホームで待ち合わせなのに」

「駅に直結してるから、すぐに戻れるんだ。心配しないで、行ってみよう」

「わかりましたよぅ」

気まぐれな人だなあと呆れながら、私は彼のあとを追う。

改札を抜けて階段を上がると……。

「おお……」

「いいな、そのリアクション」

地味な駅だと思っていた、さっきの自分を反省したい。ショッピングモールのような「街」が広がっていた。

「科学技術館とか、近代美術館に用がある人は、だいたい皇居側の出口を利用するから、この賑やかさを知らないんだ」

「ですねえ」

「それに、ここは意外と神保町にも近いから、九段下で乗り換えないで、ここから歩いて神保町の会社に行く人もいるらしい」

探偵メトロはくるりと方向を変えて、ふたたび駅に戻っていく。

一度出た改札。カードをかざすと、自動改札が開く。

「ねえ、探偵メトロ。あなたは定期券を使っているようだけど、東西線沿線に職場があるってことなの?」

「プライベートな案件には答えかねる」

「気にするほどのプライベートなのかしら」

「余計なお世話だ……あ、依頼者は彼女たちではないか」

階段を降りていくと、若い女の子が二人、立っていた。

彼女たちも探偵メトロと私の姿を認めたようで、すっ、と頭をさげて挨拶する。

「探偵メトロさん、ですよね」

「いかにも……彼女はアシスタントのハル。君たちより少しお姉さんの、大学一年生」

「よろしくお願いいたします」と二人が頭をさげる。

彼女たちが今回の、竹橋駅での依頼者であるユウナさん(中学一年生)と、サキさん(高校一年生)だ。

丸っこい顔はよく似ているけれど姉妹ではない。探偵メトロのツイッターにリプを入れてきたとおり《私と従妹のサキ姉とで、相談したいことがあります》とあるから従姉妹《いとこ》なのだ。

土曜日の午後三時、探偵メトロが指定した《竹橋駅の2番線、中野方面側の階段近く》に彼女たちは立っていた。

「依頼内容は……君たちのおばあさんのことだと、事前に聞いていたけど」

二人はこくりとうなずく。

二日前にユウナさんから連絡が入った。

《探偵メトロさま 私は中学一年の女子です。今入院中の私たちのおばあちゃんについて、調べてほしいのです。場所は竹橋の駅です》

《ユウナさま ご依頼ありがとうございます。では次の土曜日の午後三時でいかがでしょうか?》

《探偵メトロさま OKです。ちなみに私の従姉妹、高校一年のサキ姉も一緒にうかがいます》

ホームで探偵メトロを待っていた少女たち。依頼者のユウナさんは小さくて、ぱっと見、中学生とは思えない。

従姉妹のサキさんは高一とは思えない大人びた雰囲気だ。背が私より高いというのもあるけれど、何だろう、いでたちがエレガントというか、ゴージャスというか、そんじょそこいらのJKとは違うオーラが出ている。

「正直、私は乗り気ではなかったんですけど」

サキさんが、一歩前に出た。

「ユウナがどうしても真相を知りたいって言うもんだから、付き添いみたいな感じで来ました」

「サキ姉……そんなコト言っちゃ、探偵メトロさんたちに失礼だってば」

私に気をつかってか、ユウナがサキの袖を引っ張る。

「すみません、探偵メトロさん。謎解きの依頼をしたいって言い出したのは私なんです。ツイッターだけの、見ず知らずの人に会うのは危ないって、サキ姉は心配して……」

「ええ、いいんですよ。見ず知らずの人なんですから、心配なさるのも当然です。でしたら、ご依頼を聞かせていただいて、すぐにでも解決できるよう努力してみます」

おお、探偵メトロは「大人」だ。やや高飛車に出て来るサキに対してもイラつくことなく対応している。

「じゃあ、ユウナ。早く説明して」

「うん……えっとですね。ご連絡した通り、私たちは従姉妹で、それぞれの母親が姉妹なんです」

「ウチのママが妹で、ユウナのママが姉です」

どういう育て方をしたら、こんな対照的な従姉妹になるのだろうか……。

私はあらためて彼女たちを見る。

ユウナさんは綺麗な着こなしだが、見覚えのある服──ユニクロのシャツとスカートだった……と、知っているのは私も同じ柄の、色違いのものを持っていたから。

一方のサキさんは……あ、よく見たらブランドもののショルダーバッグを提げている。ということは、おそらくだけど服もブランドものと思われ……。

「で、二人のおばあちゃんが門前仲町に住んでいるんです。おばあちゃんは若いときに夫──私たちのおじいちゃんを亡くし、それ以来、女手一つで母たちを育ててくれたんです」

「大人になったママたち──私のママは商社に勤めるパパと結婚して、私たちは表参道に住んでいます。で、ユウナのママは北千住で町工場を営んでるおじさんと結婚──で、いいんだよね、ユウナ」

うん、とユウナがうなずく。

なるほど、と私は思った。

従姉妹であっても、親が結婚する相手、住んでいる場所でこんなにも違ってくるものなんだなと。

「それで、門仲に住むおばあちゃんのことなんですが、時折、私たちに会いにきてくれるんです。私の住む北千住には、門前仲町からと東西線に乗って茅場町で日比谷線に乗り換えて」

「表参道には、日本橋で銀座線に乗り換えるって、おばあちゃん言ってました。お金出すからタクシーで来なよってママは言うけど、おばあちゃんは断ってるみたい」

ふむふむ、と探偵メトロは静かに聞いている。

「先週の土曜日なんですが、その日は北千住にある私の家に昼頃行くよって、おばあちゃんは言ってくれてたんです。約束の時間になっても来ないから、心配してメールもしたんですけど返事がなくって……しばらくしたら病院から電話がかかってきたんです。おばあちゃんが、この竹橋駅で倒れて救急車で病院に運ばれたって……」

「なるほど、依頼の内容がわかりました」

視線を落としていた探偵メトロが、ユウナに答える。

「茅場町駅で乗り換えるはずの、あなたたちのおばあさんが、どうしてこの竹橋駅で倒れたのか」

「そうです、その通りです」「さすが探偵さん」

従姉妹ふたりで感心している。

「今、おばあちゃんは御茶ノ水にある大学病院に入院しています。もともと心臓が悪くて通院していたんです。一時はICUで

どうなるかと心配していたんですが、今は命に別状はないって聞いて安心したんだすけど……」

「……けど?」

探偵メトロが首をかしげる。

「おばあちゃんの意識、まだ完全に戻っていないんです。それで真相を知ることができなくて」

「それで、この私──探偵メトロに竹橋での謎解きを依頼したということですね。光栄です」

「もうわかったんですか? 探偵メトロさん」

「いえ、サキさん。これだけの情報ではまだ何とも言えないというのが本当のところです。もう少し情報が欲しいです。おばあさんがどんな方なのか、とか」

「だったら……」とサキさんはブランドのショルダーバッグから最新型のスマートフォンを取り出した。

「おばあちゃんの写真、見てみますか」

「ええ、お願いします」

サキがかざしたスマートフォンの画面には、中央に彼女たちのおばあちゃん、向かって左にサキ、右にユウナがいた。

「今年のお正月に、家族が門仲のおばあちゃんの家に集まったときに撮ったものです。これは……深川不動尊に初詣に行く前だったっけ、ユウナ」

「そうそう」

ピンクのダウンジャケットを着た彼女たちのおばあちゃんが、静かに微笑んでいる。

「ここ……ちょっと拡大してもらってもいいかな」

とん、と探偵メトロが指さしたのは、おばあちゃんが身につけていたショルダーバッグだった。

「これが、どうかしたんですか」

「うん……何となく気になってね」

はあ、と納得していない返事をしながら、サキが画面を拡大すると、おばあちゃんが身につけていたショルダーバッグの柄がよく見えてくる。

「これって、もしかしてサキさんがおばあちゃんにプレゼントしたものですか?」

「すっごい。探偵さん、よくわかりましたね」

サキが驚きと喜びの混じった声をあげる。

「いやあ、いま君が身につけているものと、同じブランドだったから、そう思っただけですよ」

「そっかあ、さすがですね。私がおばあちゃんにプレゼントしたバッグなんです。といっても、二年前にパパが香港出張で私に買って来たものなんですけど」

「はぁ?」と思わず声をあげてしまったのは私だ。

「サキさんがもらったものを、おばあちゃんに?」

「ええ。せっかくパパが買ってきてくれたのに、友だちと丸かぶりだったってわかったんです。彼女の方が先にみんなにお披露目しちゃったから、私もう恥ずかしくて持っていけなくて……だから」

だから、おばあちゃんにあげた──ということなのか。何だろ、この子のセレブ感ってば。

「サキさん、スミマセンが更にもう少しだけ拡大していただけますか?」

「いいですよ」

言われるままにサキが画面を拡大する。

するとサキがプレゼントしたショルダーバッグに、紫色の布切れがぶらさがっているのが見えた。

「これは?」と探偵メトロ。今度はユウナが反応する。

「私がおばあちゃんに買ってあげた御守りです。去年、学校の遠足で成田に行ったので」

ああ、だから紫色なのね、と私は納得する。それにしても高級ブランドのショルダーバッグに紫色の御守りって、なかなかのミスマッチだと。

「正直、カッコ悪いかなって思ったけど、ユウナがプレゼントしたものだし、おばあちゃんも気に入ってるみたいだから、私がどうこう言えないじゃん」

そりゃそうだ……で。

「で、探偵メトロ。このカバンと御守りに、何か意味があるんですか?」

「うーん、これだけではわからないけどね」

ってことは、何かわかることがあるのかと。

「ねえサキさん、ユウナさん。君たちのおばあさんが、この駅で倒れたときの様子は、わからないかな?」

「ええと、そのことですが、病院経由で駅員さんの話を聞いたところ、おばあちゃん、東西線が到着して、ドアが開いたとたんにバタッってホームに倒れて気を失ったみたいです」

「ドアが開いたとたん……か」

おばあちゃんは竹橋駅で降りようとしていたのか?

「おかしいと思わない、ユウナ。もしおばあちゃんが北千住駅を目指したいたのなら、茅場町で降りるはずじゃない」

「うん、なのにおばあちゃんは竹橋駅で降りたんだよね」

「もしかしてだけど、おばあちゃん、私の家である表参道に行こうとしてたんじゃないかな? ほら、次の駅の九段下で半蔵門線に乗り換えれば、表参道に行くことができる」

「でもサキ姉。おばあちゃん、日本橋で銀座線に乗り換えて、表参道に行ってたんでしょ」

「そうなんだよね。でも、もしかして銀座線で何かあって、それで停まってたから、おばあちゃんは自分で判断して九段下で乗り換えようと思ったとか」

「それで竹橋駅で具合が悪くなったのね、なるほど」

従姉妹同士の推理が繰り広げられるが、「あの」と私も手をあげて二人の推理に参加する。

「こういう考え方はどうでしょう? 半蔵門線はサキさんの表参道にも行きますが、反対方向に乗れば、そのまま北千住に行くことができるんです。東武線に乗り入れているから」

ほお──という顔をして二人が私を見た。

「でも、どうして九段下から半蔵門線で北千住に?」

ユウナさんが首をかしげる。

「日比谷線が止まっていたとか、茅場町で降りるはずだったのが、本に熱中して降りるのを忘れてしまったとか」

「ああ、なるほど……でもおばあちゃん、電車の中で本を読まない人ですし、茅場町までは一駅だから、乗り過ごすことは考えられないと思うんです。孫だからわかることですが、おばあちゃん、頭はしっかりしてると思います」

じゃあ、乗り過ごし説は却下かあ……。となると、竹橋まで行かなければいけない「何か」があると考えなければいけない。

私は、チラと探偵メトロを見る。

自分のスマートフォンで調べている様子だ。

「今、先週の、おばあちゃんが倒れた時刻の運行状況を調べてみたんだが、東西線を除いて平常運転だった」

「え、東西線こそ重要な情報じゃないですか」

「おいおいハル、君は探偵メトロのアシスタントだろ。どうしてその時間に東西線が停まっていたか、わからないのか?」

「あ……すみません」

私は瞬時に気づいた。

「おばあさんが倒れて、その救助で……ですよね」

「そうだよ。ここで大事なのは、銀座線も日比谷線も平常運転だということだ。このことで、おばあさんが九段下乗り換えを考えていた可能性は低いと思う。あ、ついでに言うと、東京メトロで北千住に行くにはもう一つ方法があるんだ。大手町で千代田線に乗り換える方法。JRだったらさらに選択肢は広がる」

「でも、二人のおばあさんは北千住に向かわずに、東西線の中野方面行きに乗ったまま、竹橋駅で倒れて、救急車で病院に送られてしまったんですよね」

うーん、と私たち四人は竹橋駅のホームで考え込む。

──ん?

異変に気づいたのは私だった。

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