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FT「中南米経済の停滞」、ブラジル現地から

Financial Timesのこちらの記事の分析では、中南米経済の抱える問題点を指摘しています。正しい方向の分析と思いましたが、これに現地の肌感覚で補足を加えさせていただきます。

まず、経済の停滞ぶりついてこう指摘されています:

新興国が世界の経済成長に寄与する割合は1980年の37%から2019年には60%まで増加したが、中南米の貢献度は低下している。30年前には新興国の経済成長の30%を占めていたが、現在はわずか12%だ。00年から16年の中南米の平均成長率は2.8%だった。中国を除く他の56の新興国の平均は4.8%だ。

私がその中南米の一角のブラジルに生活の拠点を移したのは、2005年のことでした。BRICSという言葉でブラジルがもてはやされ、2005~2014年の10年間の経済成長率は、リーマンショックの翌年2009年にマイナス0.1を記録した以外は毎年プラスで、平均して3.5%成長でした

余談ですが、それまで日本のデフレ不況しか経験のなかった私には、この間をブラジルで過ごしたことで、好景気という状態がどういうものなのかを理解できる体験ともなりました。

しかしそれでも、アジアなど中南米以外の他の新興国の平均である4.8%にも届いていなかったということになります。

その理由として、記事では以下の指摘をしています。

マッキンゼー・グローバル・インスティチュートの報告書によると、中南米が停滞する理由の一つは、生産性の高い雇用を生み出す強固な中規模企業層と、消費や貯蓄で需要と投資を後押しするはずの活発な中間消費者層が存在しないことだ。

増えて、そして減った中間層

ブラジルを中心にした話となりますが、2014年までの10年余りに及んだこの国の好景気サイクルでは、所得ピラミッドで示されるところのB, Cクラスといった中間層の拡大が、消費者市場を取り上げるときに欠かせないキーワードとなっていました。

2014年頃のこの「クラス」の定義は、Bクラスは日本円にして月収389,000~506,800円、Cクラスは90,000~389,000円の間でした(FGV Social, 2013)。景気拡大が長期に及び、D, Eクラスを含め所得水準が底上げされたことで、2002年には人口の半数しか占めていなかったA,B,Cクラスの人口が、2014年には4分の3程度を占めるに至ったのです(Data Folha, 2014)。

日本の家電メーカー等からブラジル市場調査依頼が相次ぎ、私も当地での対応で多忙にしていたのもこの時期です。

製造業で言えば、大企業を頂点としたサプライチェーンが組まれ、外資や国内の中小メーカーが受注を広げ、投資を拡大させるとともに雇用が安定しました。その恩恵を受けて、中間層はより良い条件の雇用を得ることができるようになり、信用の拡大から、過去にはなかったほど容易にローンを組めるようになりました。

多くの勤労家庭で、毎月の給与所得の中でやりくりできる月賦で、住宅や車・家電などの耐久財が購入されていきました。

当地の友人が、ローンを組んで買った新車で誇らしげに会社に通勤し、タケノコのように新興住宅地に立ち並んでいく新築のアパートでの食事会(もちろん自宅の炭火コンロでのシュハスコ)に招いてくれたのを思い出します。

経済のジェットコースターは新興国の宿命?

しかしブラジルに限って言えば、2014年に訪れた景気の冷え込みで、一気にその構造が壊れてしまいました。

資源バブルの崩壊、企業収益と政府財政の悪化、失業率の上昇、信用収縮、家計部門の負債拡大、消費の冷え込みと、それはもう見事な負のスパイラルを描いて経済が悪化したのです。

2012年には年間380万台売れていた乗用車が、2016年には200万台まで減ってしまいました。

その影は経済の各所に見られ、今でも引きずったままです。

新車販売台数は昨年に250万台まで回復しましたが、製造業では一度は構築されたサプライチェーンの見直しが図られ、抱えた在庫が増加。キャッシュが底をつき、都市近郊の工業地帯や、大都市の工業に依存し資本力の相対的に低い地方の中小企業では、人員削減や倒産という話が、今でも絶えず聞こえてきます。

こうした景気のジェットコースターを経験できるのも、途上国に暮らす者の宿命でしょうか ── 私もそれをまざまざと見させてもらいましたし、それは自分の身にも影響を及ぼし、会社を辞め独立の道を選ぶきっかけとなりました

大切なのは「ファクトフルネス」と肌感覚

ここまでを読むと、ブラジル経済はまるでどん底のように見えてしまうかもしれません。

工業化が生み出した中産階級のシンボルであったエンジニアたちが職にあぶれ、止む無くUberの運転手で日銭を稼ぐ。街には失業者が溢れ返り、治安が悪化し凶悪犯罪が絶えない ── それがブラジルの「一部の」姿であるのは確かです。

しかし、それは頭の中で誰もが容易に描けるイメージにしか過ぎません。

むしろ、この市場に向き合う我々がどう切り取るか?こういう時こそ、「ファクトフルネス」の考え方と現地の肌感覚が大事です。

例えば、ここで生活している私が明日にも強盗に遭って命を奪われる可能性があるのか?可能性はゼロではないでしょうが、そんなことはまず起こり得ないのです。

事実で言えば、例えばスタートアップ界隈は動きが活発です。このわずか2年間の間に、ブラジルは

・99(ライドシェア・配車サービス)
・Pagseguro(決済サービス)
・iFood(宅配サービス)
・Nubank(オンライン銀行)
・Gympass(企業向け福利厚生シェアサービス)
・Stone(決済サービス)
・Arco Educação(エデュテック〔教育〕)
・Loggi(宅配サービス)

と8社ものユニコーンを輩出しました。

これもまた、「経済が低迷する」ブラジルの姿なのです。ここで何が起こっているのでしょうか?

試される個人の生きる力

Global Entrepreneurship Monitor Adult Population Survey, 2018によれば、ブラジルは個人事業主が異様に多い国として映るようです。


企業活動に占める成人(18~64歳)による起業初期段階にある企業の割合
及び 個人事業主の割合(2018年)

【注】水色が企業全体に占める起業初期段階(開業後3.5年以内)にある企業の割合(%)、紺色が個人事業主の全体に占める割合(%)

これによると、ブラジルでは、起業初期段階の企業の数が全体の企業数の18%程度を占めているとのこと。ちなみに、日本はわずか5%です。

そしてなんとブラジルでは、そのうち53%が個人事業主形態によるものだと言います。比較までに、欧州で最も個人事業主形態の割合が高いオランダでも、それは起業初期段階にある企業の23%を占めるにしか過ぎません。

日本に至っては、起業間もない企業の割合が全体5%で、個人事業主はその1割程度です。これはもちろん「個人事業主制度」の違いも関係してきますが、それでもブラジルの個人事業主の割合が突出ぶりが分かります。

これは、本当は雇用を得たかったが「仕方なしに」起業したという人が多いためとも説明できます。それは確かでしょう。しかし一方で肌感覚として、元々のブラジルの人々には個人の強さがあり、食い扶持を自ら確保しようと動く身軽さやマインドセットが備わっているからだとも、自分であれば説明します。

だからこそ、Stoneのような小規模ビジネス向けの決済サービスが必要とされてユニコーンに化けるし、ドライバーには事欠かないブラジルがUberにとって世界で2番目の市場となっているのです。

しかしながら、世の中の企業は、何もスタートアップだけではありません。ローカルビジネスから、グローバルに構築されたサプライチェーンに組み込まれた企業まで、もっともっと多様です。そしてその多くは中小企業です

現状では、そうした中小企業は現状維持どころか、先述の通り、体力ばかりが削がれる負のスパイラルからなかなか抜け出すことができていません。

バラバラになった個人をいかに組織に戻すかが課題

個人に強さがあるからそれで頑張る ── しかしそれは利点ばかりではありません。

冒頭の記事に戻ると;

パンテオン・マクロエコノミクスで上級インターナショナルエコノミストを務めるアンドレス・アバディア氏は、2つの要因は絡み合っているという。「中間層の消費者は(中南米の)人口の約40%を占める。彼らの繁栄が中小企業の成長に不可欠だ」。同氏は生産性が「非常に大きな問題」だと指摘した。

と指摘されます。いくらテクノロジーの力を借りて生産性をある程度向上させているとはいえ、結局、個人事業主一人一人の生産性向上には限度があり、企業組織化されたビジネスこそがより大きな力を生むわけです。

Global Entrepreneurship Monitor Adult Population Survey, 2018には、こういうデータもあります。

共同創業者または従業員を有さず、
5年以内に雇用ポストを生み出す予定のない企業の割合(2018年)

ブラジルのその割合は、突出した53%。これは言い換えれば、個人では頑張るが、誰も雇わないし、今のままでは雇えないということです。組織で戦えない、これが現実なのです。

経済が悪化するはるか前、ブラジル政府は非公式経済から公式経済への参画を促すため、個人事業主であっても法人設立を可能とする制度を作りました。

これは手っ取り早く言えば、非公式経済で動いていたお金を、法人設立を促すことで表に出し、それを税金を徴収したいために整備された制度でした。

ところが結果的には、2013年から失業率が上昇し、職を失った個人にこの制度が活用されるようになりました。インセンティブとして、政府系銀行の融資が用意されたためです。今やこの制度で、800万社を越す個人事業主法人が設立されています。

これによって、個人事業主は企業からの請負という形で仕事を受けることができるようになりました。セーフティーネットと言えるのかもしれませんが、そもそも民ー民の取引には何の保証もありません。ここでもやはり、個人の力が問われるのに変わりありません。

それでも、2億人の市場は動いている

長い期間で見れば、この個人事業主の急増は、瞬間風速的な現象ではあるかもしれません。

しかし、歴史的にも高水準な失業率12.3%、失業者1,300万人となったその影響は、いつまでもブラジル人の記憶に苦い記憶として刻まれることでしょう。

問題は、この状態をいつ脱することができるのか?

それを目指し、外国からの投資を呼び込むための規制緩和や経済開放政策を強めているのが現政権です。

ブラジルの右派ボルソナロ大統領はやや閉鎖的な同国経済を開放すると表明しているが、長期化する年金制度改革に関する争いへの対応に苦慮している。

今年発足した新政権の政府の経済チームは、躍起になって経済の活性化に乗り出そうとしています。

一昨年には、50年ぶりの労働法改正が実現しました。財政悪化の一番の原因となっている年金などの社会保障を改革する法案の審議でも、予断を許さないものの当初よりは明るい兆しも見えています。ここのところ、長年避けられてきた痛みを伴う改革が進んでいるのは、ひとつ大きな前進です

そしてその年金改革案の議会承認を見越して、政府は矢継ぎ早に、消費活性化から民間連携によるインフラ投資まで、広範な経済対策を打ち出し実行に移そうとしています。

ブラジル経済が立ち直り、中南米全体の経済をけん引するようになるというにはあまりにも上手く描きすぎた理想ですが、一つ一つの課題を、政府も企業も個人も乗り越えていくその試練の先には、明るい未来が待っているようにも思えます。

人口で世界第6位、2億800万人が暮らすブラジル。

経済が低迷していても、その市場規模は無視できないほど大きいものです。

なぜ、ソフトバンクが中南米向けのファンドを立ち上げたか?そこには一体何があるのか?そろそろ、世界地図の右下にある、日本から最も遠いブラジルやラテンアメリカに、もう一度目を向けて動いてみる時期が来ているのかもしれません。

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