国際政治の道具と化しているアマゾン熱帯雨林の火災問題(2)
森林火災そのものはブラジルでは珍しくないにせよ、国内で暮らす人間として、今回やや唐突に国際社会の注目を集めるようになった感のあるアマゾン熱帯雨林の問題。
その発端となった出来事は、実は1年以上前にありました。
森林破壊の増加に目を付けた先進国
それは、前回(1)にてご紹介したこのグラフの右側に見えている変化です。2014年までの減少傾向が一転、2015年から増加傾向を見せ始めています。
遡ること2007年。インドネシアのバリで開催されていた地球気候変動枠組条約締結国会議(COP-13)にて、アマゾニア基金の設立が決まりました。
これは先進国政府が資金を拠出し、ブラジルを含むアマゾン熱帯雨林を領土の中に持つ国々における森林面積の減少に歯止めをかける取組みの原資としてそれを活用する取り組みです。
この基金の設立を受けて、翌2008年にはブラジル国内でのプログラムが開始されています。下図は、その資金を活用して実施されている森林保全プロジェクトの実施箇所を示したものです(基金公式サイトより)。
この基金への拠出額は、この10年余りですでに34億ブラジル・レアル(約1,020億円)に達しています。これはブラジル国内で実施される森林伐採の防止・撲滅・監視活動における主要な資金源となりました。
最も拠出額が多いのは、総額の94%を占めるノルウェー政府で、続いてドイツ政府(5%)、ブラジル石油公社(1%)などとなっています。
プロジェクトの実施主体は、上図の凡例にもありますが市自治体、州政府、連邦政府、非営利団体(NGO)、大学等です。資金配分は大きくグループ分けして連邦・州政府・市自治体向けに60%、NGO・大学向けに40%となっています。
ここで、森林伐採面積の推移を示した先の棒グラフにまた話を戻します。
2018年、ノルウェー政府とドイツ政府は、森林伐採面積が2015年以降に上昇していることに懸念を示し、ブラジル政府に対してアマゾナス基金への資金提供の継続見直しの可能性を伝達してきます。
しかし昨年は10月に大統領選を控えていたこともあり、ひとまずは基金への拠出を継続するということとなり、その中断は免れていたところでした。
その選挙結果を受けて2019年1月にはブラジルで政権交代があり、先進国の注文を受けていたテメル大統領から、右派を公言するボルソナーロ政権に環境政策が引き継がれます。
政権交代の反動で環境の急変に直面するNGO
アマゾナス基金の設立が決まったのは2007年。当時政権についていたのは左派のルーラ大統領でした。
ルーラ大統領は当時の演説で、アマゾン熱帯雨林の保護は世界の注目を集めるが、それはあくまでブラジルのものであり、諸外国には好き勝手に手を触れさせないと明言しています。この点は、常に自信を対立関係に置く右派の現ボルソナーロ大統領とも考え方は一致しています。
先進国が資金を出し、保護施策についてはブラジルなどの熱帯雨林を抱える国の機関に一任するという仕組みが整備された点で、この基金の仕組みは画期的なものだったのです。
ルーラ大統領とその後継のジルマ大統領の第1期(~2014年)には、所得再分配政策の浸透や資源バブルの恩恵もあり、ブラジル国内の所得格差の縮小が進みました。社会福祉活動や環境保護活動を展開するNGOも、官民からの潤沢な資金提供を受け、全盛の時代でした。
しかし2018年には、経済状況の悪化や巨額汚職事件の発覚で左派政権は行き詰まりを見せ、その反動の如く、右派ボルソナーロ政権が誕生します。
ボルソナーロ大統領は、アマゾン熱帯雨林の開発に熱心だと報じられることが多いようです。概ねその通りなのですが、そのもう少し細かいニュアンスは(多分に自己流の解釈も含めると)、ざっくりとこのようなものです:
熱帯雨林の地下に眠る膨大な資源を活用すれば、地域の貧困問題も解決されるだけでなく、ブラジルが今以上の経済大国として世界での地位を気付くことができるようになる。そして先住民がいつまでも保護区の中で補助金に頼って貧しい生活を強いられるのではなく、経済に組み込まれて豊かな生活を享受したいという人々もいるのならば、なぜそれを阻害するのか?
ブラジル内陸部、アマゾンの熱帯雨林と境を隔てる農業フロンティアで穀物を生産する比較的規模の大きい農家は、2018年の大統領選挙で、農地政策や経済の自由化を推し進め輸出振興を図ることを公約に掲げていたボルソナーロ大統領の支持に回っていたところでした。
そうした支持層を取り込み、左派からの政権交代を実現したボルソナーロ大統領の目には、兼ねてから各地で活動を続けているNGOに左派の残像がちらつきます。左派の政治基盤がそこに存続していると見ているためです。
こうした見方は、環境保護活動のNGOに対するものに限られません。左派の温床としてのブラジル国内の公立大学であったり、左派政権時代に政府と深い関係を築いたとされる国内メディアは敵視され、さらには隣国アルゼンチンでの先日の予備選の結果により10月に控える大統領選での左派陣営の勝利の可能性が高まると、それが現実のものとなった場合には、ブラジルはメルコスル(南米南部共同市場)を脱退するとまで発言しています。
NGOへの資金源を断とうとする動き
サレス環境大臣は今年5月、アマゾナス基金に基づく活動の委託先であった複数のNGOと政府の間の契約内容に問題があると告発していました。
政権交代前から締結されていたNGOとの契約を精査した結果、入札を行なわずにNGOを選定していたり、あるいはNGOに支払われた資金が適切に活動に用いられていないことが発覚したと述べたのです。これを受け、連邦検察庁は7月に調査に乗り出します。
要するに、左派政権の間に作られたアマゾナス基金という制度で外国の資金を呼び込み、それをNGOに流したことで政権とズブズブの構造が出来上がり、それが左派の政治基盤となっていたのではないか、というのが現政権の見方なのだと理解できます。
ボルソナーロ大統領がことあるごとにNGOを標的とするのには、左派を徹底的に排除したいという意向が強く感じられます。環境保護政策を語るうえでも、まず左派イデオロギー批判が先に立ち、その矛先にNGOを据えています。そしてこの後にも、大統領の口から何度も彼らを目の敵にした発言が飛び出し、実際にその発言のうちの1つが、アマゾン森林火災問題が世界中で「炎上」するきっかけとなります。
ボルソナーロ大統領が選挙戦の以前から繰り広げ、選挙期間中にはブラジルを右派と左派の真っ二つに分断したイデオロギー対立の扇動は、残念ながら今でも続いているのです。
基金の利用方法を変えたがったボルソナーロ新政権
ボルソナーロ政権による農場主寄りの政策展開の一例として、年初の省庁再編で、環境省を農牧畜供給省に統合させようとしたこともありました。これは強い批判を受け、最終的には断念しています。
また、先進国が資金を拠出するアマゾナス基金に関しても、ボルソナーロ大統領が任命したサレス環境大臣は、アマゾナス基金の資金を森林保護区の中に農地を保有している農家からその土地の接収を行なう際の補償に活用できないかと提案します。
しかし、資金を拠出する先進国側は、そこに直接的な森林伐採の防止効果は期待できないとして難色を示します。むしろ農家に対し、森林保護区への侵入することへのインセンティブを与えてしまうとの懸念があるためです。
この基金の運営方針の決定を行なう、連邦・州政府・NGOの3部門が参加する委員会(COFA)でも、ボルソナーロ政権は効率的な委員会の運営を理由に掲げ、影響力を増やすべく席数を増やそうと試みました。
しかし、ただでさえこの数年間の森林伐採面積の増加でノルウェー・ドイツ両国に疑念を抱かせていたところ、連邦政府が一方的に委員会での発言力を増し、資金の使途を変える企てたことで、ますます両国のブラジルに対する不信感を高めてしまいます。
ここまでが、今年6月末頃までの話です。
そしてその後、2019年7月に森林伐採が急増したというデータが発表されたことを受けて、事態が大きく動き出すようになります。
次回(3)では、アマゾン熱帯雨林に対するボルソナーロ大統領の向き合い方に、欧州側の不満を最高潮に高めるに至った今月に入ってからの動きについて記します。