外国人が働きたい国ランキングで日本がワースト2位、をどう見るか
英国の金融大手HSBCが毎年行なっている海外駐在員の生活調査レポートが、SNS上で話題です。
これは全ての国や地域を対象としたわけではなく、あくまで一定の回答サンプル数に達した33の国・地域をランキングにしたものですが、ここで日本が総合順位で32位とブービー賞となったことが話題となっています。
ちなみにブービー賞ということは下位にもう1カ国あるわけですが、日本と仲良く最下位でワンツーフィニッシュしたのは、なんと私の住むブラジルでした。
このように個人的に非常に興味をそそられる調査結果となったため、レポートの中身を詳しく見てみたところ、色々なことが見えてきました。以下では調査レポートを参考に比較を進めてみます。
日本とブラジルを比べてみた
レポートが掲載されているサイトでは、丁寧にも2国間比較ができるようになっています。日本とブラジルを並べてみた結果がこちら。数字は順位です:
このグラフでは、青線のブラジルが多くの項目で30位以下となっている様子が分かります。一方で、赤線の日本も順位の低さで負けてはいません。
左から見てみましょう。まず【暮らし】部門では、総合順位でブラジルは最下位の33位に対し、日本は15位とまずまず検討しています。
この部門の小項目で、ブラジルと比べて日本の順位が高かったのは「生活品質」(QOL)と「政治の安定性」です。
QOLは、日本の13位に対し、ブラジルは最下位の33位ですが、ここで1つの疑問が湧きます。これは一体何をもっての「生活品質」なのでしょう?そこでグラフに出てこない詳細項目を見てみると、「不動産物件の質」や「治安」という項目があり、ブラジルはそのいずれでも最下位となっていることが分かりました。この国で駐在員が借りるような高級物件の質が決して最悪だとは思いませんが、治安については現地の人間として納得の結果です。
一方で、QOLで日本を13位という可もなく不可もない順位にしているのは何なのでしょう?日本は「不動産の質」「治安」ともに24位です。外国人駐在員が日本の「治安」に対してこのような評価を与えているのは、ちょっと意外ではないでしょうか?
同じくこの【暮らし】部門で、日本の順位を引き上げているもう1つの項目「政治の安定性」で、日本は6位です。一方のブラジルは、政界を揺るがした巨額汚職事件の余波が経済低迷にも及んで未だに尾を引いており、さらに昨年は大統領選、それに続く政権交代があったことも影響して、30位と低位に沈んでいます。まあこれはいろんな意味で納得の数字でしょう。
逆に、この【暮らし】部門でブラジルがダントツに高いのは「社会への馴染みやすさ」(6位)。日本はこの項目で、ブービーの32位です。
確かにブラジルは、現地に馴染もうとする人には寛容です。それが本人の居心地の良さにつながり、中にはブラジルに移住してしまったような元・駐在員の方も実際に知り合いにいますが、それにしても疑問は、なぜ「社会への馴染みやすさ」の評価が高いのに、QOLが33カ国中最悪なのかということ。
私などは「社会への馴染みやすさ」はQOLの大事な一部ではないのか?と疑問に思ってしまい、この結果をどう捉えていいのか最後まで結論が出ませんでした。例えば、子供や老人に優しく、交通機関の優先レーンや席の譲り合いが自然に行われる様は、相手が外国人だろうとブラジルはピカイチなのですが。
日本での収入は最低?
続いて【向上性】部門。
「収入」の項目で、日本が最下位の33位を飾ったことが話題となりました。一方のブラジルは24位に。ここだけを切り取ると、ブラジルのほうが収入が高い、ということになります。
ただここで今一度、これが駐在員に限った調査であることに注意を払う必要がありそうです。ブラジル国民の平均年収は50万円弱と、日本の432万円(いずれも2018年)を大きく下回ります。これだけでも一般的な比較に基づいた結果ではないことが分かります。
同じくHSBCが実施した別の調査では、日本への駐在員の平均年収は、アジア太平洋地域で6位(約1,430万円)という結果も出ているようです。
特にブラジルへの駐在であれば、例えば会社の規定に基づく危険地手当や、会社指定のセキュリティーの高い住宅に住むための手当などが「収入」に含まれている可能性もあります(ここでの収入の定義が明確ではないのです)。逆に日本だと、そうした手当が少ない、ということかもしれません。
なお冒頭に紹介した記事は、日本が外国人労働者をこれから本格的に受け入れるに際して、日本の順位が低いことを懸念する論調となっています。しかし日本で受け入れる外国人労働者は必ずしも駐在員の立場ではないため、この調査結果がそのまま当てはまるわけでもありません。
もちろん、所得が高くないと外国人労働者に移住先として選んではもらえなくなります。しかしこの調査の範囲では、海外の企業は日本とは異なる市場に高給取りの駐在員を配置している、と解釈したほうがよりリアルかもしれません。それはそれで、考えものですが。
次の「可処分所得」では、日本は19位、ブラジルは29位で、先の項目と状況が逆転します。つまりブラジルは税金が高いと言っていると理解できます。確かに、駐在員ならほぼもれなく所得税は最高税率が適用され、さらに国外所得の納税手続きが煩雑なのも、その要因かもしれません。逆に日本にいる駐在員に適用される税制はよく分からず、ここでは何とも言えません。
ワークライフバランスで意外にも低迷するブラジル
働き方改革にも関連してくる「ワークライフバランス」の項では、日本は堂々の最下位、そしてブラジルは26位です。
長期休暇のランキングでは1位に輝いたことのあるブラジルですが、ここで本領発揮しないのはどういうことなのでしょうか?
ここでも、これが駐在員を対象とした調査であることを思い出しておくと、よく「駐在員は現地よりも本国を向きながら仕事している」と言われるのを思い出します。念のため、これは別に私が言っているのではなく、駐在員の皆さん自身が口々におっしゃっていることです。従ってワークライフバランスに関しては、駐在国の事情に加えて、海外に社員を駐在員として送り込む会社も大いに責任を負うということも言えるのかもしれません。
駐在するのは大人だけではない
最後に【駐在員師弟】部門。ここでは日本もブラジルもどちらも順位が振るわないのが気になります。
曰く、ブラジルは友達ができやすく(15位)、日本では友だちができない(33位)。私も元ブラジル駐在員師弟で、日本への帰国子女なので、これは身に沁みて分かります。
「学び」では日本33位、ブラジル32位で、どっちもどっちということです。駐在員の子供ということは年齢的にまだ留学にも出すことができず、どちらの国でも何かを我慢するしかないという笑えない結果になっています。ブラジルは学校教育の質まで最下位の33位に沈んでいます。一方の日本は、24位。
ただし改めて、これらが駐在員の回答であることを考慮しなければなりません。例えば、インターナショナルスクールの有無や選択肢の豊富さが考慮されるからです。数字を真摯に受け止めて気が付くところは反省することも必要ですが、とはいえここには、現地人に比べてかなり特殊な駐在員の要求に応えられている国かどうか、という視点が入っていることも考慮が必要です。
インターナショナルスクールの経営も、生徒数が多ければ成り立ち、そうでなければ経営が成り立たないという市場原理が働きます。教育事情が悪いのならば、そこには駐在員の数がそもそも少ないからという、根本の事情も見えてきます。
ブラジルでのこの調査結果の捉え方
ちなみに興味深い事象として、当地ブラジルではこの記事に関してほとんど注目されていないことです。「ブラジルが最下位だ」とここまで何度も書いているのは、恐らくこの記事が世界初でしょう。何だか申し訳ない気持ちになります。
当地でのこの記事の捉え方は、むしろ海外に駐在員として赴くならこういう国がいいらしいという、実に調査の本来の目的に適ったものです。例えば、この調査結果を報じた次の当地経済誌の記事には、ブラジルの「ブ」の字も出てきません。
自国がブービー賞となったことを自ら大きく取り上げる日本社会は、ブラジルと実に対照的で、そこには余裕のなさや焦りのようなものが感じられます。日本に対する悪い評価を必要以上に汲み取りすぎる風潮は、どうも気になるところです。
ちなみに1位のスイスは・・・
さて、ここでは最下位同士のブラジルと日本ばかりを比較していましたが、最後に1位に輝いたスイスはどうだったのかを見てみます。
このように、最も駐在員に支持される国であっても、「充実感」「文化、コミュニティの受容性」「社会への馴染みやすさ」「自身の成長」「友達づくり」という項目では順位を低くしています。
つまり完璧な駐在先などはない、ということなのです。
ということで、この調査は指標の1つとしては参考になりますが、度の国にも良し悪しはあり、そして海外駐在員の価値観が全てではないということにも留意したほうが良さそうです。
また実際にこれから駐在の可能性がある方は、こうした情報を鵜呑みにせず、同じ会社を親しい業種で実際に現地で働いた人の意見を聞き、できれば事前に現地を見て正確な情報を把握されるのがベストではないかと考えます。