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漫画に化けた本の正体
高校生の時から、私は「ハヤテのごとく!」という執事コメディーと称した漫画に熱中していた。新刊が発売される当日には、実家近くにある書店や当時出店したばかりのアニメイトに足を運んだりしたものである。
ある時にその小説版が刊行されるとの情報を入手すると、それも発売日当日に書店に立ち寄っては購入し、学校の朝自習で読むために鞄の中に入れておいていた。
翌日になり自習の時間が近づきその本を鞄から取り出そうとして、ある違和感を覚えた。いつも付けてもらっている紙のカバーが付いていない…。
私の中で悪寒が走り、ようやくそこで普段書店で文庫本などを買うたびに付けてもらっているブックカバーを、丸々付け忘れてしまっていることに気がついた。
このままではやばいことになると脳裏がよぎる。
今、自分の鞄の中にあって自習時間に使える本は、”見た目は子供、頭脳は大人”というキャッチフレーズがうまい具合に当てはまっているこの一冊しかない。
おそらく誰がどう見ても、漫画のイラストが描かれた表紙を見て間違いなく注意してくることだろう。
しかし周りが一斉に読んでいる中、ひとりだけ本がない状態でただボーッとしていても余計に指摘されてしまう。かといって「本を忘れてしまいました!」なんて堂々と言うのも少々気が引ける。
どのみち注意を受けることは免れない。朝自習の開始を合図するチャイムが鳴り始めた瞬間に、私は裸のままになっているその冊子を手に取って読み始めた。
すると数分も経たないうちに、教壇で見張っていた教育実習生の先生が私の前にやってきた。
「ちょっと、なに漫画持ってきているの!」
案の定すぐに目を付けられてしまった。誰がどう見ても至極当然の反応であった。「すみません、これしか持ってきてなかったもので」と私は諦めるも、念のために中身を広げて先生に見せた。
「あ…」
この時どんなふうに思ったのだろう。文庫本と同じように文字がビッシリと敷き詰められた様を目にした途端、言葉を失ってしまった先生は下を向いたままその場を後にしていった。
静かな朝自習の時間で、なんとも形容し難い雰囲気が私の座っている机を中心に漂っている。
同時に周りはどう感じたのだろうか。注意しているかと思いきや突如黙りこくってしまったのだから、一帯全体何が起きたのかと気になっていることかもしれない。
やがて自習時間が終わると、隣にいたクラスメイトから「なにやってんの」というセリフを皮切りに事の顛末を話し始めた。
私はその後で先生から注意を受けることはなかったものの、果たしてこれでよかったのだろうかと暫く放心状態に浸かっていたのである。
仮に私が先生と同じ立場だったら、その場で絶句するどころか赤面や動揺などしたりして、忘れられない出来事として一生脳の奥に刻まれることに違いない。
下手したら、もどかしい心を抱えたまま家に戻ってはすぐさまベッドの上で、言葉にならない奇声を発しながらジタバタしていたかもしれない…なんて思うと今更になって本当に申し訳なく思ってしまう。
ライトノベルという概念が今と比べて波及していなかった当時でも、とらドラ!やとある魔術の禁書目録などアニメ化していた原作タイトルがあったものの、少なくとも私の住んでいた地元ではそこまでの知名度はほとんどなかった。
教員はおろか周りの同級生でさえ、漫画のイラストが描かれた表紙だけでそれが実は中身が歴とした文庫だったとは、まるで判別が付かなかったことだろう。
一応漫画本ではないものを持ってきていたとはいえ、あの時注意してきた教育実習生の先生に対して、ある意味で大変失礼なことをしてしまったと思っている今日この頃だった。
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