政治講座ⅴ597「脱中露と中露包囲網に加担しつつあるインド」
地政学上の理由からそれぞれの国には思惑がある。今回はインドに関する報道記事を掲載する。万物は流転する。
皇紀2682年11月17日
さいたま市桜区
政治研究者 田村 司
インドで「中国・ロシア離れ」がじわり進む、裏で日本が果たした大役とは
白川 司 2022/11/15 06:00
ウクライナ軍事侵攻でインドがロシアを支援した理由
11月8日、インドのジャイシャンカル外相がロシアのラブロフ外相とモスクワで会談して、ロシアが停戦交渉を再開するように促した。9月にはモディ首相がプーチン大統領との会談で「いまは戦争の時ではない」と述べている。表向きの理由はウクライナ戦争が「グローバルサウス(非先進国)」の経済にかなりの悪影響を与えていることであるが、その裏にはインドは当初のロシア寄りの立場から、少しずつ批判的な立場にシフトしてきていることは見逃せない。
ウクライナ軍事侵攻をしたロシアに対して西側各国が経済制裁に入る中、ロシア制裁に消極的だったインドに失望を隠さない国は少なくなかった。
インドが積極的にロシアを擁護したわけではないが、形式的に中立の立場を貫いたことで、ロシア経済制裁は中国とインドという2つの大国がバッファになり、実効性が大きく後退した。当初言われていたような「経済制裁と金融制裁でロシア経済をとことん追いつめる」といったことは実際できなかった。
そのインドについて、ホワイトハウスのジェン・サキ報道官(当時)は「後に、このことが歴史書に書かれるとき、あなた方がどんな立場でありたいかを考えてもらいたい(Think about where you want to stand when history books are written at this moment in time.)」と、日米豪印の安全保障協定である「クアッド(Quad)」で同盟関係でありながら、アメリカに歩調を合わせなかったことにあからさまな不快感を示した。
ただし、インドの立場に立って考えると、このときの態度も理解はできる。というのは、インドは長年、ロシアに安全保障を頼っており、現在も防衛装備品で最も大きな割合を占めるのがロシア製だからである。以前に比べればロシア製はかなり減っているが、依存状態を脱したとまではいえないだろう。
また、エネルギーに関しても、もうすぐ世界一の人口を有することになるインドにとって、ロシアのガスは不可欠に近いものだ。モディ政権にとって、国民生活を守ることが第一であれば、ウクライナ支援という選択肢を取りにくいのも事実だ。単純に安全保障上の問題ではなく、エネルギー安全保障を含めた国民生活においてもロシアとの連携は欠かせないのである。
忘れていけないのは、インドはもともと親ロ国であり、アメリカに対しては必ずしも良好な関係を保ってきたわけではないことだ。むしろ、インド人エリートには以前から根強い反米感情がある。中国との領土問題を抱えているインドで反中感情が強まることはあっても、直接的な脅威ではないだけに反ロ感情が高まることは考えにくい。むしろ国内で反中感情が高まるごとに、インド国民は親ロ的になりやすいとすらいえる。
インドのロシア離れにおいて日本が果たした役割
そんなインドが、日米豪印の4カ国連携であるクアッドに参加したのは、ひとえに日本の安倍晋三首相(当時)が推進していた点が大きい。インドの日本に対する信頼度は高く、クアッドがアメリカ中心で進んでいたら参加していたかどうかわからない。また、モディ政権が圧倒的な経済力で国境を侵食する中国への対策として、対中包囲網を主導する安倍元首相のリーダーシップに賭けたという面もある。
また、ロシアからしても、ウクライナ戦争を継続するに当たっては、中国やインドとの連携は欠かせなかった。ロシアは欧米に売れなくなった余剰原油の大幅ディスカウントを提案し、インドもそれに応じて、ロシア産原油の輸入を大きく増やしている。
欧米はこれに激怒したが、インドは我関せずの態度を維持して、エネルギー購入で実質的なロシア支援を続けた。
もちろん、インドがロシアのウクライナ軍事侵攻を快く思っていたわけではなく、立場上、必要に迫られてのことである。
上述したようにインドはエリート層を中心に反米感情が根強かったことも見逃せないが、一方で、国内でIT産業が発展し、シリコンバレーで多くのインド系経営者が誕生するとともに、インド人エリート層の対米感情が好転し始めているという。
2020年前後はインド国民も政府もコロナ禍で大いに苦労した時期であったが、それと同時に、これまで内向きだったインドが日米連携を始める転換点となっている。
「日米シフト」に傾いていたインドにとって、ロシアのウクライナ軍事侵攻は親ロ国ゆえに厄介な問題となった。ロシアとの関係を壊したくはないものの、中国が安全保障上の脅威であることを考えると、そのまま「中ロ側」に居続けるわけにはいかなかったのだろう。
インドの対ロ姿勢が明らかに変化したのは、6月に首都キーウ近郊のブチャにおけるロシア軍のウクライナ民間人の虐殺が明らかになったときからだと筆者は感じている。
その後、インド政府は日本の岸田文雄首相をはじめとする西側要人との会談を増やし、日本も大型投資の約束をするなど、インドの期待に報いた。こうしてインドはロシア離れが進み、あからさまに日米寄りにシフトすることとなった。
インドがロシアと断交することはありえないものの、ロシアがインドを一つの経済バッファとして使えなくなったことは、ロシア経済には大きな打撃となり得る。
中国への経済依存と中印対立の火種
日米側としても、インドを中ロ側から引き離すことは大きな課題となってきた。安倍元首相が苦労して対中包囲網に引き入れたインドが、ロシアとの連携をきっかけに中国との連携を深めてしまえば、対中包囲網自体が弱体化しかねない。
それでなくてもインドは中国経済にかなり依存しており、いまだに中国経済なしではやっていけない状況と言っても過言ではない。
将来有望な14億人市場が中国側に付くことは、今後、日米にとって政治的にも経済的にも大きな打撃になり得るのだ。
ただし、インドが長年、中国と領土紛争を抱えていることで、いくら経済的な結び付きかが強まろうと、安全保障で連携することはありえない。
それは1949年に中華人民共和国が成立したことに始まる。その頃からチベット国境における両国の見解の相違が表面化して、対立がエスカレートしている。1962年には両国対立は中印国境紛争に発展する。このとき領土を失うという屈辱を味わわされたインドは、中国を敵国として認識するようになった。
その後も紛争の危機が何度も起きたが、なんとか平和裏に交渉で解決してきた。だが、拡張主義を隠さない習近平指導部になってからは、軍事衝突が頻発するようになっている。
特に、2020年、インド北部のラダック地方で起こった紛争では激しい乱闘戦が起き、インド軍に20人の死者が出て、インド国内では激しい反中感情が巻き起こった。
インドのモディ政権はそれまで中国との衝突を避けてきたが、それとは無関係に国民の間で中国製品の排斥運動が起こることとなった。当初はインド政府はこれに応じなかったが、結局ファイティングポーズを取って中国製品排斥に走らざるを得なくなったのである。
各国との経済連携を進め中国から離反し始めたインド
ただし、中国はBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国のこと。南アフリカが加わるとBRICSと表示する)や、上海協力機構(中国・ロシア・カザフスタン・キルギス・タジキスタン・ウズベキスタン・インド・パキスタン)などの非欧米的な枠組みを使って、インドを自陣に引き入れる努力は惜しまなかった。
インドはまだ経済的には自立しておらず、領土問題は抱えながらも経済的な依存によって敵対させないという政策を取り続けていたのである。
実際、クアッドは、ゆくゆくは軍事同盟にまで引き上げることを目指しているのだが、それを唯一拒んできたのがインドである。インドとしては中国との経済関係を軽視するわけにはいかず、対中包囲網に参加しながらもバランス外交を全くやらないわけにはいかった。
その一方で、インドは公的インフラに対する参入禁止や中国製アプリの禁止、中国企業の進出に一定の規制を設けるなど、中国からの「見えない侵略」については警戒を怠らなかった。
それはインドがIT大国として発展する中で、その最大のライバルが中国であるとみているからだろう。インドのIT技術が中国標準になってしまうと、国際的なIT市場において中国優位に進む可能性がある。
こうした中、インドは中国の経済依存から脱却すべく、他国との経済連携を進めてきた。2011年に日本と包括経済連携協定(EPA)を結んでいたが、2020年前後にはイギリス、EU、カナダ、イスラエルなどの各国と精力的に経済協定を結んだ。
特に重要なのが、2022年4月のオーストラリアとの暫定的な自由貿易協定(FTA)だろう。これは豪印の通商関係の強化を目指すだけでなく、両国の最大貿易相手国である中国からの経済的依存を脱却することを目指しているのが明白だからである。ゆくゆくは包括的なFTAである豪印包括的経済協力協定(CECA)を目指して、「脱中国」の土台にしようとしている。
オーストラリアのモリソン首相(当時)は「今回の協定は、我々の強固な安全保障面でのパートナーシップとクアッドでの共同努力の上に築かれたものだ」と述べている。豪印が手を携えて安全保障と貿易の両面で脱中国を図り、さらに中国封じ込めに動こうとしているのは明らかである。
また、安全保障の面で転換点となったのが、2020年にアメリカと結んだ「地理空間協力のための基礎的な交換・協力協定(BECA)」だろう。
これは高度な地図・衛星画像などの地理的な機密情報を共有するもので、中印国境付近でインド軍は米軍と高高度演習を実施している。これはかつて拒否し続けてきたアメリカの軍事的影響力を積極的に受け入れて、中国に対抗することを狙ったものである。
今のところインド政府が台湾について明確な態度を示したことはないが、これまでに台湾海峡における中国軍の軍拡を批判したり、ナンシー・ペロシ米下院議長の台湾訪問について中国の自制を求めるなど、日米寄りの態度を示し始めているのも確かだ。
インドの脱中ロの動きはまだ始まったばかりだが、安全保障面でロシアからNATOに依存する割合が大きくなり、貿易面でも脱中国が実現するようになれば、インドが日米側に大きくコミットするようになることはほぼ間違いない。
インドが日米側に付けば、対中包囲網はさらに威力を増し、中国封じ込めには大きなプラスになる。台湾防衛を第一に考えなければいけない日米は、インドの「脱中ロ」を強くし支援することが必要だろう。
(評論家・翻訳家 白川 司)
参考文献・参考資料
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?