API有料化で始まる“Twitter後へのディスラプト”
Twitter API有料化の報を見て、Twilogどうなるんだろうと思った。いやTogetterとかもだとさらに思った。Twitterクライアントについては、Tweetdeckというもうひとつの公式クライアントもあってそちらでもいい(いや時間指定とかAI応答とか、高度な投稿用クライアントとして使っていた人にとっては、この時点で既によくない)。でもTwilogとかTogeterとかは別の意味合いがあるのでは。
先日、某氏繋がりの技術系と食べ歩き系と…が混ぜこぜな食事会に参加させてもらったのだけど、激動のTwitterやAPIの話題も出たし、下火ではありながら僕たちの間では依然確たるニーズのあるRSSリーダー(Feedly、Inoreader、FriendFeed!、LDR‼︎)の話題も出た。なぜRSSエコノミーがこんなに下火になったのか考えると、一つはヒューマンリーダブルでマシンリーダブルなTweetがRSSエントリを置き換えたのではと思う。そしてそれを集約するアグリゲーターは、RSSリーダーからTwilog等に移った。
一次メディアであるフィードと、二次メディアであるアグリゲーターの領域で、Twitterエコノミーのプラットフォームによる淘汰があったのだ。多分。
フィードエコノミーを置き換えたTwitterが転進する。あるいはかつてのフィードエコノミーを壊したTwitter、と言ってもいい。それはフリーだった。自由だったし、無料だった。Twitterはフリーではなくなろうとしている。アグリゲーターも有料化したり撤退するところが少なからず出てくるだろう。それに利用者がついていけなければ、そこにニーズが満たされない空白が生まれる。それもAPI有料化後のTwitterエコノミーに徐々に飲み込まれるのか。フリーなフィードエコノミーが再び取って代わるのか。それとも新しいなにかが芽吹くのか。
ひとつ思うのは、Twitterは脱・公共インフラストラクチャーに向かっているのでは、ということだ。そもそも一企業のサービスに公共への奉仕求めるなよ、と経営者なら思うかもしれない。オバマ政権が「アメリカは世界の警察ではない」と宣言したのを連想する。ましてや私企業なのだし、それは分かる。でも世界から見たら、そのポジションに立っていたかもしれない他者を淘汰してきたのに、バトンタッチでも世代交代でもなしに立ち去られてもハードランディングすぎて困るという面もある。ウクライナにポスト「世界の警察」時代のディスラプトが顕れているみたいに。
いずれにしても、Twitterが果たしてきたフィードというニーズはなくならない。TwilogやTogetterが応えてきたアグリゲーターというニーズもなくならない。だからそこにディスラプト(混沌、破壊、それらからの再生、一新)が起こるだろう。API有料化で空白が生まれる領域は、きっとフィードエコノミーにとどまらない。ポストTwitter時代のディスラプトは、マスク氏が同社内部に大ナタを振るっていたここまでではなく、むしろTwiterの脱・公共インフラを予感させるここから始まるのだと思う。