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多様化するアフターコロナと優しさと

米マサチューセッツ州で新型コロナウイルス対策規制緩和を受けて営業を再開したアイスクリーム店が、わずか1日で再び休業に追い込まれたという。ソーシャルディスタンスへの配慮として1時間以上前の予約必須としていたが、これを無視して予約なしの客が殺到。店内が込み合い、客が従業員に怒りをぶつける事態になったのだそうだ。

トリップアドバイザーを見る限り、流行りのスイーツスポットというより、子供たちに愛される町のアイスクリーム屋さんという感じだ。店内写真を見ていくと「STRESSEDをひっくり返せばDESSERTSだよ、覚えておいてね」と記したプレートが出てくる。いい言葉だし、実際にひっくり返してくれるいい場所なんだろう。でもStressedな一部の客が、それを粗暴なふるまいの形で人に(店員に)ぶつけてしまったらしい。

経営者のマーク・ローレンスさんはCNN系列局WFXTの取材に対し、「いちばんよく働いてくれた従業員の1人は昨日、シフトが終わるとやめてしまった」と打ち明けた。「彼女は男性のロッカールームの中でさえ口にできないような言葉を浴びせられた。相手は17歳の子どもだ。恥を知るべきだ」と憤る。(略)「みんな自宅にこもっていた6~7週間の間に、他人との接し方を忘れてしまった」とローレンスさんは嘆く。
CNN.co.jp : 営業再開の店にルール守らない客が殺到、1日で再び休業

レイモンド・チャンドラーによる小説の中で、フィリップ・マーロウはこう言った。「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」。彼の言う強さ(hard)は強靭さ、タフさのことだから、ストレスに耐えかね感情を爆発させるのは真逆の振舞いだ。もちろんそんな振舞いは優しさ(gentle)でもない。

そういえば数年前の日経新聞に、このマーロウの言葉で始まる文章があった。

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」。米国人作家、レイモンド・チャンドラーの小説「プレイバック」に登場する私立探偵のセリフだ。甘利明経済財政・再生相は政治家を志し始めた20代後半に耳にした。しびれた。探偵フィリップ・マーロウが一緒にいた女性から「あなたのようにしっかりした男がどうしてそんなに優しくなれるの?」と尋ねられたときの言葉だ。強靱な精神力と、人の痛みがわかる繊細な心が必要なのは政治家も同じだ。
強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない=レイモンド・チャンドラー(米国人作家):日本経済新聞

3月にいち早くロックダウンに踏み切ったニュージーランドでは、その政治家の長であるアーダーン首相が、国民にこう呼びかけた。「強くあってください、そして優しくあってください(please be strong and be kind)」。みんながフィリップ・マーロウのように強く優しくあれるわけはないけど、でもそれぞれにできる範囲で、強く優しくあることが求められている。

アフターコロナでは、コロナ以前の生活様式に戻る人もいれば、コロナ下での新しい生活様式を維持する人もいるだろう。職場での勤務に戻る人たちの中と、自宅からのリモート勤務を続ける人たち。飲食店に戻る人たちと、店内飲食の習慣を取り戻さない人たち。フェイストゥーフェイスコミュニケーションに戻りたい人たちと、たいていのことはテレコミュニケーションのままでいいんじゃないと思う人たち。

多様性が高まれば、隣人との習慣の違いを感じる機会が増える。コロナ以前には均質性の高かった集団にも、その均質性は多分戻らない。違いを受け入れる寛容さか、せめて他人は他人と受け流すドライさと相手がそうしたいならと譲る淡白さか、どちらかを持っておかないと、衝突が増えそうだ。優しさはアフターコロナを「生きていく資格」とまでは言わないけど、少なくとも「気持ちよく生きていく資格」になるのかもしれない。

僕にもStressedな気分をひっくり返してくれるお気に入りのDesserts店がある。アフターコロナにはそこに行けるのを楽しみにしてるし、なんなら日々のささやかな心の支えだと言ってもいい。そこを自分の不寛容で失うなんてことになったら、その先を気持ちよく生きられなさそうだ。僕もフィリップ・マーロウのようには強く優しくなれないけど、でも僕がなれる範囲でもうすこし強く優しくなっておきたい。

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