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顧客が本当に欲しかったもの

先日、酒席の雑談で、高齢化と車社会の話から、こんな会話が出た。

A: 技術的にさ、本当の自動運転って、何年ぐらいで普及可能になると思う?
B: 5〜10年。
A: おお、ずいぶん早い感じ。
C: 20年。
A: これはまた、割れたね。それぞれ、なぜそう思うの?
B: 自動車側だけでなく道路側も変わって、人が運転しない生活エリア実現を目指すと思う。AIが認識しやすいラインとかマークが道路やガードレールに埋め込まれたり。5〜10年のスパンで。
C: そういう自由度のない移動ではなく、どんなエリアも安全に走れるのが自動運転の完成だし、20年かかると思う。

話は「オヤジが91歳でまだ運転しててさ、オフクロはもう免許返納してるけど」みたいなところから始まった。3人とも、生まれ育った街とか慣れ親しんだ土地とか好きな場所を終の住処にできるべきだと思ってるし、郊外に住む自由が車移動と切り離せないとも思ってる。

それでも、BとCはまったく違うことを考えてる。Bは車が不可欠な生活の用(買い物とか病院とか駅までの移動とか)だけを足すことを考えている。ゴールは運転しない郊外生活の実現。Cは自動車がもたらす移動の自由を自動運転で可能にすることを考えている。ゴールはおそらく運転しないカーライフの実現。

これって、あれに似てるな、と思う。「顧客が本当に必要だったもの」。こんな絵だ。

僕たち(気づいていると思うけどBが僕だ)は同じ話を聞いているのに、別のゴールを設定している。本当の郊外車生活者がここにいたら、お前らみんなわかってない、と言うかもしれない。

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