2030年のウォーターポジティブ
4月末に開催されたAWS Summit Tokyo 2023のコンテンツ(今月24日までオンデマンド配信されている)を見返していて、記憶に残ったことの一つが今年もキーノートで「ウォーターポジティブ」に触れていることだった。キーノート「今踏み出す、変革への第一歩」、動画の24:20からの部分だ。
サステナビリティとウォーターポジティブ
動画では「ウォーターポジティブ」と「水利用効率」について語られている。耳になじみのない言葉だけど、これはサステナビリティにおいて低炭素(カーボンニュートラル)とか電力消費効率と並んで重要視され、取り組みに力を入れているもののようだ。
耳になじみがあるのは、きっと「カーボンニュートラル」と、その指標の一つである「PUE:電力使用効率」という言葉だと思う。カーボンニュートラルの基本的な取組み方は、使用電力を最小限に削減し、その最小限の電力を再生可能電力で賄うことだ。PUE 1.0はデータ処理に必要な最低限の電力しか消費していない理想の状態を指すけれど、実際にはデータセンターでは照明や冷却など他の電力消費が発生するので、もうちょっと大きくなる。どこまで1.0に近づけるかが、データセンターの技術の見せ所だ。
実際にはどれくらいかというと、2021年4月時点の資料で、国内データセンターのPUE値は下図の通り平均1.7、最小1.2だったとまとめられている。総務省による2023年3月の「デジタルインフラ整備に関する有識者会合」説明資料では、データセンター業のベンチマーク目標を1.4と設定している。これに対してメガクラウド三社では、PUEをいまも公表しているGoogle Cloudが1.1、そしてブログ記事で昨年値が明かされたMicrosoftが1.18となっている。
大気をデータセンターが電力消費する前よりきれいにというのが「カーボンニュートラル」「PUE:電力使用効率」だとすれば、清潔で新鮮な水の供給をデータセンターが水消費する前より多くというのが「ウォーターポジティブ」「WUE:水使用効率」ということになるだろう。ウォーターポジティブは次の重要テーマになってきていて、Amazonは昨年末のre:Inventでコミットメントを発表したが、Microsoftは2020年、Google(とmetaも)は2021年に「2030年までに」と宣言していて、これでメガクラウドの足並みがそろったことになる。
WUEは、PUEを提唱したグリーン・グリッドが2011年に新たに提唱した指標だ。「2040年までに水の使用量を1kWhあたり400mlに削減」と欧州データセンター事業者グループが宣言するなど、この分野の指標として広く使われてきている。AWS Summitでのキーノートスピーチによれば同社は既に1kWhあたり250mlまで削減している。ブログ記事によればMicrosoftはグローバルで1kWhあたり490ml。設計上は390mlまで抑えられるはずだが、気温の高いアジア太平洋地域などでは水冷が必要になってしまうため、グローバルでの実績値は上振れしているという。
WUE(水利用効率)の大切さ
なぜWUE(水利用効率)にも目を向ける必要があるのか。PUE(電力使用効率)だけに注目していると、別方向で環境を壊すことがあるからだ。まずWUEがなかった頃のことからふり返っていこう。クラウドコンピューティングの初期、2008年にこんな記事がある。
エアコンのような電力により冷やす空冷方式を使わないことだけに注目した結果、代わりに水がふんだんに使われたわけだ。このコンテナ型データセンターで、両社はPUE 1.21~1.22を達成した。一方で使用された水はただ排出された。この水は、持続性の対象である「清潔で新鮮な水」になるだろうか?最近こんな記事があった。
最新の持続可能なデータセンターとしてアリゾナで計画していたのは、かつての贅沢に水を使う水冷ではなくより効率的に最小限を使う蒸発冷却方式だった。それでも1日100万ガロン以下の水を必要とし、残念なことにその産業排水は制限値に近い水質と市当局の排水処理施設の処理能力を超えようという量になっている。したがって今後開設予定のデータセンターでは、空冷と水冷の併用をやめ、空冷のみにすると。
2008年のPUEに焦点を当てた環境保全の動きの中では、水冷方式が注目を集めた。2011年にWUEという指標が生まれたのは、当時「米国では水冷が多いことから」だという。PUEだけに目を向けていると、電力消費を減らすために他の資源(水)を使えばいいとなる。WUEにも目を向けることで、そこにバランスが生まれる。現在の空冷では、技術の発展や上限27度と意外に高いデータセンターの推奨温度などの新しいセオリーにより、電力ではなく外気での冷却も広まっている。上記のアリゾナデータセンターも、もともと外気温約29.5℃(原文では85℉)までは空冷だけで稼働するらしい。
僕たちにできるサステナビリティ
ここではたまたま象徴的な事例として引用したためイメージを損なったかもしれないが、全体的に見ればMicrosoft社はGoogleやAWSに先駆けて2030年までのウォーター・ポジティブを宣言しており、「マイクロソフト、データセンター関連企業の節水対策でリード」との報もある。メガクラウド三社はいずれも、総じてサステナビリティの取組みで先行している。
ただしクラウドコンピューティングは責任共有モデルだ。僕はこれをよくレンタカーに例える。自動車を安全に整備しておくのはレンタカー業者だけど、安全に運転するのは利用者だ。事故を起こさないために、それぞれに責任がある、と。クラウドの基盤やサービスが事業者によってサステナブルに整備されたとして、そこから先、サステナブルにサービスを使う部分は僕たち利用者にかかっている。クラウド利用者には、クラウド事業者の「2030年までのウォーターポジティブ」を後押しできる部分がある。
一晩で全世界のデータセンターを最新サステナブル仕様に建て替える、なんてことはどのクラウド事業者にもきないから、地域によってその進み具合に差が出る。だから僕らにできることとしてまず、サステナブルなデータセンターのあるリージョン(地域)を使用することができる。Googleのリージョンピッカーは、アクセス元地域と、炭素排出量と低価格と低遅延の優先度合を指定するとランキング形式でリージョンをお勧めしてくれる。これを見るとまず、リージョンごとにだいぶ状況が違うことがよく分かる。
省エネ大賞的なコンピューターを選ぶということも、僕らにできることだ。AWSが最近「持続可能なAWSインフラストラクチャの最適化」というブログ記事をコンピュート編、ストレージ編、ネットワーキング編、データベース編の4回に分けて公開している。このコンピュート編とデータベース編のどちらにも出てくる以下が、パソコンを買う時に「CPUはIntelかAMD(Ryzen)か」ぐらいのもしかしたら意識したこともないぐらいの選択なのだけど、消費電力には大きな違いを生んでくれる。
電力効率がいいと使用電力が削減されるし、発熱が少なくて冷却にもそこまで資源を使わない。PUE(電力使用効率)とWUE(水使用効率)のバランスを意識している各社であれば、利用者側は電力効率を重視して選択していればいいはずだ。
クラウドのサステナブルはリーズナブル
クラウドエンジニアの視点でこのブログを読んでいると、ちょっと面白いと思うことがある。勧められているアクションが、どれもクラウド利用費用を下げるためのノウハウとして勧められるものと同じことだ。
グリーンITなどという言葉は昔からあったけど、サステナブルな装置は高いというのが常識だった。例えば個別スイッチの付いた電源タップは、そうでないものよりも高い。それは付加価値だと。でもクラウドでは、サステナブルな選択はリーズナブルになる。クラウドの利用料金が、使用電力を主要原価の一つとして設定されてるからだと思う(同じサービスの料金が利用地域によって違うのは、電力料金の違いだと聞いたことがある)。クラウドでは、サステナブルはお客様のお財布事情を困らせる提案ではないのだ。
リージョンとかCPUとかを選ぶのは、自分の仕事じゃないという人も多いと思う。それは上流工程の人だよとか、インフラ担当の人だよとか、お客様だよとか。でも選択肢が与えられたときに選べるように、また選択肢を求められたときに提案できるように、意識しておくだけでもまずは違うと思う。あなたがその選択肢の話をできれば、サステナブルとかウォーターポジティブの意識が、その話し相手にも広がる。それだけでも、結構な後押しだ。