メイカーの“名もなき仕事”とレイバーの時間
先週の一日、細々としたタスクを片付けていた。その中でも大きめのものを挙げると、こんな感じだ。
全社教育のeラーニング受講 … 5件(AI、スマートワーク、キャリアデザイン、イノベーション、メンタルヘルスケア)
社内サーベイやアンケート回答 … 3件
AWS関連コンテンツ視聴 … 2件(AWS先週のふりかえり、ランサムウェアや自然災害を想定したバックアップとセキュリティへのAWS活用)
eラーニングとAWS関連コンテンツが各1時間、社内サーベイヤアンケート回答が各15分とすると、これだけでもう7時間45分。もう1日の仕事時間を使いきっている感じだけど、実際、これらとより細々した事務作業、メール応対と同僚とのチャット(簡単な技術的ディスカッション)などをして、勤務時間8時間45分でこの日の仕事を終わりにした。
僕の仕事事情と「メイカーのスケジュールとマネージャーのスケジュール」的な考え方をすり合わせた結果、僕の日々には時々こういうToDoリストの大掃除をする日とか、時間が登場するようになった。こういったメイカーの時間でもマネージャーの時間でもない、僕がレイバーの時間と名付けてる第三の時間の使い方の話をしてみたい。
メイカーのスケジュールとマネージャーのスケジュール
「Maker's Schedule, Manager's Schedule」は「ハッカーと画家」の著者としても知られるポール・グレアムによるエッセイで、以下で和訳されている。
仕事を終えてFacebookを開いたら友達が『「マネージャーは1時間単位でタスクにあたるが、エンジニアはまとまった半日単位の時間がある方が良い」話について』というブログ記事をシェアしていて、これ経由で久しぶりにこのエッセイを読み返した。ポール・グレアムはこう説く。
今日は僕はマネジメントもミーティングもしていない。でもしいて言えば、今日は「マネージャーのスケジュール」の日だったと思った。むしろ「レイバーのスケジュール」というべきかもしれない。単純作業を詰め込んだ日だ。
メイカーのスケジュールを襲うミーティングとToDo
僕はOS、仮想化、クラウドといったインフラソフトウェアの専門チームに所属している。社内各所のSI案件等に、提案支援からトラブル対応まで必要とされる期間に参加し、個々の案件に携わる期間や割合は低いかわりに各人が常時複数の案件に関わっている。各案件との打合せが積み重なり、比較的対応案件の少ない僕でも、時には一週間のスケジュールがこんな感じになる。
明らかにこれは「一日一日を一時間単位で区切った」マネージャーのスケジュールだ。一方でそうはいっても僕たちはエンジニアで、システム構成を考えたりパラメータレベルの設計に落とし込んだり実装したり、メイカーとしての成果を求められる仕事だ。「最低でも半日単位で時間を使う」ことが必要でもある。ポール・グレアムは若い頃、これを次のようなトリックですみ分けさせていたという。
僕たちには基本的に定時があって、そういうトリックは使えない。近いトリックを考えると、定時内は主としてマネージャーのスケジュール、定時外をメイカーのスケジュールということになるけど、定時外勤務が労働基準法第36条の定める一か月42時間を超えるとか、第37条が深夜労働時間帯と定める22時~6時に作業するとかは「メイカーの時間確保のため」では通らないだろう。だから、この週でいえば月曜日の午前中とか金曜日のような「半日単位で時間を使う」ことができる、いわばメイカーの日を大事にしたい。言い換えれば、そこに例外を発生させ割込み処理を要求するようなナニカを抑制するコントロールが必要になる。ナニカの代表例はミーティングだ。
これには、すでに引用した部分の中にある通り「数時間をブロックする」が対応策になる。でも実はもう一つ、メイカーの時間を引き裂くナニカの代表例がある。ToDoだ。例えば事務作業とか、僕が今日やってたような全社教育のeラーニング受講や社内調査への回答。期限が決まっている、モノを作る以外の作業だ。特定の時間を拘束されるわけではないけど、期限間近のToDoは直前になれば手を付けざるを得ない。リマインドを送られたら即応しないわけにはいかない。
名もなき仕事とレイバーの時間
こうしたToDoにはもう一つ、共通的な特徴がある。これらが多くの場合、本来のミッションや現在携わっているプロジェクトに直接紐付かないことだ。もしあなたの会社が原価管理をしているなら、プロジェクトやミッションには名前があり、予算と原価集計番号(プロジェクト番号、工事番号、工注番号などとも)があり、関連作業時間は原価集計番号をつけて報告するはずだ。一方で前述のToDoには個別の番号はなく「雑務費」「事務作業費」「間接費」などのどんぶり勘定項目にまとめて放り込んでいるかもしれない。「原価集計番号のない仕事」というのは、いわば「名もなき仕事」だ。
そしてこのコメント者のように「名もなき仕事」をそのままにして、命名せず報告せず、見えないスケジュール項目のまま可視化されたスケジュールの中に割りこませていたら、「半日単位で時間を使う」メイカーの時間なんてズタズタにされて残らなくなる。だから次の三点を提案したい。
「名もなき仕事」を可視化する。すごく簡単なものでいいので、ToDoリストを作る。
ToDoリストを消化する「レイバーの時間」を時々作る。
できれば、ToDoリスト作りとToDoリスト消化を上司にも報告して、こそこそしなくてよくする(報告後にドヤ顔はしなくていい)
ToDoリストは僕の場合すごく簡単で原始的なものだ。雑務の依頼や指示が来たら、そのメールかチャットの全文をテキストファイルに張り付け、「作成日時+作業名」をファイル名として、「ToDo」というフォルダに入れる。その隣には「Doing」「Done」というフォルダがあって、作業着手時にToDoファイルを「Doing」フォルダに移し、完了時に「Done」フォルダに移す。これだけ。GTDに似てるけど、ずっと原始的で雑。でもこれで、最小限の手間で名もなき仕事に名前がついて総量や残量も可視化される。Dropboxなどのクラウドストレージのフォルダを使うかGitリポジトリにしておくと、ファイルの操作履歴が残るので個別に作業開始時期とか作業時間も調べられる(報告もできる)。
ToDoリストを消化しよう、いまからレイバー(単純作業)の時間だと決めたら、ToDoフォルダ内をファイル名順(=作成日時順)で表示して一番上のものをDoingフォルダに移す。開いて先頭に「# 概要」と見出し行と、メールやチャット本文との間の仕切り線を入れる。メールやチャット本文を読み返して、このToDoを完了させるため必要事項を「# 概要」の下に列記していく。できれば「○○の資料を作る」という工程(プロセス)より「○○資料を××フォルダに格納」「格納先を××氏に報告」といった成果物や状態(ゴール)にしたい。それがはっきりしない時は、メールやチャットのヘッダ部に書かれている送信者に問合せればいい。必要事項を書き出し終えたら、一つ一つ済ませていき、全部終わったらこのToDoファイルはDoneフォルダに移す。レイバーの時間が終わるかToDoフォルダが空になるまで、できる範囲でToDoファイルを順番に片づけていく。
# 概要
* □□□□資料作成 … 実施中
* 上司レビュー … 未
* 〇〇〇〇さんに資料送付 … 未
# 関連
```
From: 〇〇〇〇 <xxxx@example.com>
Sent: Friday, August 19, 2022 5:07 PM
To: 塚本 牧生 <tsukamoto@example.com>
Subject: 先日の打合せの議事録をお送りします
(略)
□□□□についてまとめる → 塚本さん
(略)
```
僕の場合はこの両方の作業時間を上司にも報告している。これは上司の考え方にもよるので、するかしないかはそれぞれで判断した方がいいと思う。もしこの時代のヘンリー・フォードが上司なら、僕だってこんな報告はしない。名もなき仕事は、上司が名前を付けなかった仕事なのだ。それに名前がつくのは、僕に(フォードに言わせれば残念なことに)頭もついてるからだ。
でももし報告できるなら、誰はばかることなくレイバーの時間をとれるし、僕の上司は部下が頭を使うことを喜ぶ。テレワークが始まって以来、始業と終業の連絡をしているので、その際に「ToDo作成の時間を取りました」とか盛り込む。冒頭のリストをもう一回出すけど、これは本当にこの日の報告として「ほぼ終日ToDo消化でした、以下を行いました」と報告したものだ。
全社教育のeラーニング受講 … 5件(AI、スマートワーク、キャリアデザイン、イノベーション、メンタルヘルスケア)
社内サーベイやアンケート回答 … 3件
AWS関連コンテンツ視聴 … 2件(AWS先週のふりかえり、ランサムウェアや自然災害を想定したバックアップとセキュリティへのAWS活用)
レイバーの時間をいつとるか
多くの名もなき仕事は、さすがに指示する側もミッションやプロジェクト優先だというのは分かっていて、ちょっと長めの期間が設けられていることが多い。僕の感覚では、2週間から1、2か月。これはToDo管理をしないと、むしろ長すぎて忘れて期限直前に慌てるのだけど、ToDo管理をしていれば「その間のいつやってもいい」という自由度になる。ただし適度にレイバーの時間を設けて、処理していかないと、自由度は失われ目前の期限に戻ってしまい、メイカーの時間がズタズタになる。
僕の場合、次のようなタイミングで自然にレイバーの時間を取っている。イベント駆動型で発生するレイバーの時間と言ってもいい。
一つのメイカーの仕事を終え、次のメイカーの仕事に着手する前の谷間日
マネージャのスケジュールに1~2時間の合間があったり、メイカーの時間(少なくとも半日)でしていた仕事が早めに終わって1~2時間の空き時間ができたけど、いま抱えている他のメイカーの仕事をするにはちょっと短いなという時
いまは頭が働かなくて、メイカーの仕事はとてもできないなというとき
実は耳をおかしくして以来、会議などが重なるとひどく疲れて、午後や夕方には頭が働かない、集中力が続かないということもしばしばある。こんな時でも「メールかチャットの全文を貼り付けたToDoファイル」があると、なにをすればいいかとか受信メールで確認したいけど時期とか送信者とか題名とかなんだっけとか思いだす必要すらない。目の前のToDoファイルとだけ向き合い、書かれていることするだけで、わりとこなせたりする。だから僕の場合、最後の「頭が働かなくて」レイバーの時間ということもけっこう多い。
僕は特殊ケースだとしても、頭が働かない日は誰でもあるだろうし、テレワークだとそんな時にやる気を維持できないのはどうしようもない部分もあるらしい。だとしたら、そんな時にレイバーの時間をとると、名もなき仕事ではあってもアウトプットが出る。やる気を出せと自分に鞭打つか、やる気が出ないから仕事を投げ出すかの二択ではなく、やる気が低下しててもパフォーマンスを維持できる第三の選択肢だと考えるのは悪くないはずだ。
ただ、それでもレイバーの時間が不足する可能性はある。僕の場合は、週次の進捗報告用の資料に「その他作業」というカテゴリを加えて、ここにToDo項目(≒ToDoファイル名リスト)を載せている。つまり、週に一度棚卸をしている。あまり多く溜まっているようなら、進捗報告会議で「手つかずの作業がこれだけあって、そろそろ片付けないといけないと思っています」と報告鋳て、暗に近々まとめてレイバーの時間をとりますよと宣言する。残念だけど、自然にとるレイバーの時間だけではやはり足りなくなることがあるので、こういった棚卸を定期的に組み込んでおくことは避けられない。
まとめ
仕事をしていると、期限が決まっているモノを作る以外の作業、ミッションやプロジェクトに紐づかない原価集計番号もふられない作業が割りこもうとしてくることは、わりと頻繁にある。これらの名もなき仕事は、ミーティングと同様に「最低でも半日単位で時間を使う」メイカーのスケジュールを引き裂くので、そうさせないために即処理するでも放置するでもない、適切な管理が必要だ。
僕の提案は、最小限の手間でできる原始的で雑なToDo管理をすること、時々ToDoを消化するレイバーの時間をとること、できればToDo管理とレイバーの時間も業務報告に加えることだ。これは名もなき仕事がメイカーの時間に割りこんで引き裂くことを大きく減らす。レイバーの時間を取るのは主に谷間日やすき間時間だけど、やる気が低下した業務時間もレイバーの時間に充てるとパフォーマンス維持に役立つ場面が(たぶん)ある。これで名もなき仕事が全部片付くのが理想だけど、そうでない時に備えて定期的な棚卸をし、あまりに多く溜まっていればレイバーの時間をスケジュールする。
ここまで書いてきたことは、多分に僕の職場や業務の条件に拠ってるところがあるかも知れない。ToDo管理はもっと優れた手法があるだろうし、すでに取り入れてる手法があればそれでいい。これが正解だという気はないし、そう思ったりせず、自分の働き方を考えるための一つのサンプルぐらいに捉えてもらうのがいい。でも少なくとも「名もなき仕事」と「レイバーの時間」の存在をはっきりと認識することは、メイカーの時間を守るためのぼくのスタート地点だった。この点だけは、誰にとっても同じなのではと思う。