【SD】2022年新春企画: トニー・グウィン22のエピソード
球団への生涯忠誠の証としておでこに圧されたSDロゴとSwingin' Friarの焼き印もまだホカホカで初々しい近年パドレスのファンになったキッズのみんなは、ネット上でパドレスの事を調べると、とかくトニー・グウィンという名が挙がることに気が付いたことだろう。
なぜかというと、あまり名を遺す選手があまりパドレスに長く留まらなかったからではあるが、それを差し引いてもパドレスに留まらずMLB史に残る巧打者である。
そこで今回は新年2022年にちなみ、”Mr. Padre”ことトニー・グウィンにちなんだエピソードを22並べてみたのでご覧いただきたい。
1. ナショナルリーグ首位打者8回(ホーナス・ワグナーに並び最多)。彼等より多く首位打者に輝いたのは12回のタイ・カッブだけ。
2. 19年連続打率3割以上もナショナルリーグ最多(カッブはALで23回)。
3. キャリア安打数3,141はMLB史上21位。
4. キャリア打率.338。18人の殿堂入り投手のみ541打席の対戦でも.331を記録。
5. 単一球団で20シーズンを過ごしたMLB史17選手のうちのひとり。
6. パドレスのキャリア打撃成績14項目でトップ(打率、安打、長打、得点、打点、二塁打、三塁打、盗塁、試合数、塁数、打席、四球、敬遠、犠飛)。
7. パドレス選手で200安打以上の記録は6回。うち5回がグウィン。残りの一つが2004年のマーク・ロレッタ。
8. サンディエゴ州立大学で付けていた背番号は3と28。19を付けていたのは後にパドレスの監督を務めたバド・ブラック。
9. サンディエゴ州立大学では野球の他にバスケットボールもプレー。同大学のキャリア、一シーズン、一試合ごと全ての最多アシスト記録はまだ破られていない。サンディエゴ・クリッパーズが10巡目指名されるも、同日に3巡目指名のパドレスに入団。なお同日に異なるプロスポーツ球団にドラフトされた選手はグウィンが初めて。
10. 小学校3年から5年で飛び級をしている。
11. 2000本安打と3000本安打を母親の誕生日に達成。
12. 米国外(カナダのモントリオール)で3000本安打を達成した唯一の選手
13. 2006年7月19日、トニー・グウィン・ジュニアがメジャー初安打。父親がメジャー初安打を放ったちょうど26年後の同じ日。父子とも初安打は二塁打。
14. グウィンが喫したキャリア三振数は、自身が打った二塁打より少ない。
15. 2回以上三振を喫した試合は、4安打を記録した試合より11少ない。
16. ペドロ・マルティネスは36回グウィンと対戦。奪った三振はゼロ。グレッグ・マダックスは107回対戦。奪った三振はゼロ。
17. 50打席以上対戦した投手のうち、最も低い被打率に抑えたのは.242のドワイト・グッデン。
18. グウィンが3三振を喫したのは生涯一試合だけ。
19. もし今からMLBキャリア最多安打のピート・ローズが現役復帰し750打席連続ヒットを打っても、まだグウィンの打率に及ばない
20. 1994年にシングルヒットを残しサイクル安打達成の場面で降板させられた。大量リードが理由でグウィン本人は意に介していなかったが、その後のキャリアでサイクルを達成することはなく、パドレス選手初の達成は2015年のマット・ケンプまで待たなければならなかった。
21. サンディエゴ州立大学ヘッドコーチ時代、がん放射線治療を受け、歩くのにも苦労するほど脚の具合が悪い状態だったが、打撃に苦労する選手達に見かねて打席に立つ。当時52歳。別のコーチが投げるボールを、「三遊間」「二遊間」「ライト線二塁打」と、毎球宣言通りの場所に打球を運んだ。
最後のスイングでマウンドのコーチに「気を付けろよ、マーク(コーチの名前)」と声をかけ、コーチのすぐ横を抜けるセンター返し。
22. 高校時代、10歳の頃から好きだったアリシアの陸上競技を見ようと自転車で競技場まで向かうも、自転車を盗まれる。しかしそのおかげで陸上部のバスに同乗し、アリシアと仲良くなりのちに結婚。