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アビー・リンカーンとマイルス・デイヴィスの邂逅

アビー・リンカーン 『ピープル・イン・ミー People In Me』
録音:1973年6月、東京

アビー・リンカーンは、著しく過小評価されているジャズ・ボーカリストのひとり。ジャズ史の中では、1960年代前半にマックス・ローチのパートナーになり、黒人人権運動を推し進めながらジャズをやった人物として出てくるぐらい。しかし息の長いミュージシャン生活を送り、彼女の周りにはいつも優れたジャズ・ミュージシャンが集まり、サウンド作りに協力した。このアルバムも実例のひとつ。

参加ミュージシャンを見ると、一風変わっている。ドラムスがアル・フォスター、デイヴ・リーヴマンのホーン、エムトゥーメのパーカッション。それに日本人ミュージシャンのピアノとベースで構成されたクインテット。

1973年の録音というところがポイント。マイルス・デイヴィスに詳しい人ならピンとくるかもしれない。このメンバー、マイルス・コンボがもとになっている。
1973年にマイルス・デイヴィスが来日し、そのタイミングで日本に来ていたアビー・リンカーンが、レコーディングについてマイルスに助言を求めた。そこから実現したレコーディング・セッション。
当日、スタジオに現れたマイルスは、バンドが作るサウンドについて真剣にアドヴァイスしたという。そういうところにマイルスの人柄が表れている。また音楽(ジャズ)に対する真摯なアビーの姿勢も見えてくる。

アビー・リンカーンは、単なるジャズ・シンガーではなく、キャリアのスタート時は映画スターであり、ミュージカルの主役も担っていた人気歌手だった。それがコマーシャルな世界から離れ、ジャズの世界に身を投じたという足跡や信念に、マイルスはじめ、多くのジャズメンが共感していた。

M1「You and me love」は囁くように歌われるラブソング。アル・フォスターのブラシやリム・ショットが聴けるし、ピアノもリリカル。
M2「Playmate」では、二重唱でパワフルにソウルフルに歌い上げる。
M3「The man with the magic」は、はっきりとリズムが刻まれない、タイトル通りミステリアスな雰囲気が冴えたキラー・チューン。

M4「アフリカ」は、コルトレーンの曲にアビーが歌詞をつけたもので、彼女の歌もバックの演奏も熱い。「コルトレーンで、アフリカ」ときたら燃えないわけにはいかない、そういう勢いに満ちている。リーブマンはコルトレーン・ブロウだし、ピアノの鈴木はマッコイになりきる。7分以上あるがフェイド・アウトしてしまうのが惜しい。

M5はアルバム・タイトル曲でアビー作。自分の中にあらゆる人種の人たちがいるんだというメッセージで、レゲエ風味のノリで明るく軽快。
M6は、「荒城の月」に彼女が英詩をつけている。来日したスコーピオンズはこれをそのまま演奏して、会場に湧いた宴会ノリの拍手に腰が抜けた。アビーの場合は、ブラックネスの悲哀が重なって名唱となっている。リーブマンのフルートもいい。

このディスクは、注文が入ってから焼くという特殊な制作形態だが、音質も整っているし、ジャケットもしっかり作られている。野口久光が名解説を書いている。

#アビー・リンカーン #マイルス・デイヴィス #アル・フォスター #デイヴ・リーヴマン #ジャズ #女性ボーカリスト  

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