小説 創世記 9章
9章
街は少しずつ建て直されていった。
牧場を広げ、家畜を増やした。
さすがに人々に食糧を与え続けることはできなかったが、ノアには森の知識があった。
牧場を囲む森から食糧を得る方法を、ノアはたくさん知っていた。
人々に罠の仕掛け方を教え、食べられる野草を教え、果実の調理と保存の方法を教えた。
なにもかもを一度失った人々は、喜んでこの新しい生き方に従った。
目の前にすることがあり、自分や家族の生き死にに直結する。
そこには不思議な充実感があった。
またノアの人柄は人々の焦りを癒した。
あの日、ノアの足を洗った女性はアカネといった。
ノアとアカネが仲良くなるのにそう長い時間はかからなかった。
アカネは心からノアを尊敬しており、ノアはあの日のアカネの言葉に心から感謝していた。
そのうち、一雄とイブキはノアに呼び出された。
「あの、結婚しようと思います」
照れ臭そうに話すノアに二人は拍手をした。
ノアとアカネが結婚するであろうことは周りの目には明らかだったし、みんなが期待していた。
アカネはよく働き、周りの人をよく助けた。
ノアよりもずっと年下だったが、一雄とイブキよりはそこそこ年上だった。
二人もよく世話をしてもらい、優しくしてもらい、叱られたりもしていた。
だから嬉しかった。
二人には母親がいなかったから。
一雄は”司式”というものを頼まれた。
二人の結婚を”祝福”するのだという。
読むべきセリフはノアが用意していた。
「神は今、祝福して言う。
生めよ。増えよ。地に満ちよ。
地のすべての獣、空のすべての鳥、地面を動くすべてのもの、海のすべての魚があなたたちを喜ぶ。
それはあなたにゆだねられている。生きて動いているものはみな、あなたがたの食物だ。
神は人を神のかたちとして造った。
だから殺してはいけない。誰の心も殺してはいけない。あなたが殺されないためだ。
あなたたち二人は祝福の源となれ。
人の手の業を喜べ。
それはすべて神に許され、神に用いられる、意味のあるものだ。
むしろ生かせ。
あなたがたは生めよ。増えよ。地に満ちよ。」
一雄が牧場に集められた街のみんなと、新しい夫婦の前で大声で叫んだ。
口から出てきた言葉はノアが与えた言葉よりもだいぶ多かった。
一雄が二人の結婚を宣言すると、大きな拍手が起こった。
涙を流している者もいた。
「もうここに洪水は起こらない!」
そう一雄が叫んだ時、晴れていた空に大きな虹がかかり、人々は大きな歓声をあげた。
その時、一雄は、
「そうだ。もう起こらない。」
という声を聞いた。
そして、盛大なパーティーが始まった。
牛や羊が屠られ、ワインが振る舞われた。
すべて皆で作ったものだった。
ノアは酔い、みんなも酔って騒いだ。
キャンプファイヤーの周りを裸で踊った。
こんなに楽しい夜はなかった。
ノアはみんなに言った。
「みなさん!今日までわたしと共に働いてくれて、ついてきてくれて本当にありがとうございます!
本当にみなさんはわたしの家族のように思います!
これからも共によろしくお願いします!
実は、、、
わたしには傷がありました。
わたしには憎しみがありました。
隠していた恥がありました。
わたしは故郷で大きな失敗してここニッポンにきたのです。
逃げてきたのです。
そのことをみんなには言っていませんでした。恥ずかしかったから。
しかし、わたしは今、本当に幸せです。
みなさんがわたしを救い出してくれました。
わたしの傷を癒してくれました。
こんなに嬉しいことはない。
本当に、本当に、ありがとう。ありがとう。」
ノアの見せた裸の心を、バカにする者は一人もなかった。
そして会は続き、人々は代わる代わる自分の過去と今への感謝をノアに話しに来た。
話し声は夜遅くまで止むことはなく、朝には多くの人が牧草の上で寝ていた。