小説 詩篇 10篇
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実家に帰ることにした。
大学の夏休みは長い。まだまだ続く。
僕には弟がいる。
二つ下の弟は高二。
仲はそんなに良くないと思う。
弟は勉強ができない。
いや、地頭は僕よりもいいと思う。
でも勉強をしない。
中学が終わりかける頃の、壮絶な反抗期の後、あまり家に帰らなくなった。
そんな弟に父さんは何も言わなかった。
母さんだけがオロオロとしていた。
僕はそれに腹が立っていた。
そんなことを思い出しながら、長い電車に揺られていた。
久しぶりの実家は静かだった。
誰もいない。
買い物にでも行っているのかな。
食卓の上には母さんの聖書が開いてあった。
『主よ なぜ あなたは
遠く離れて立ち
苦しみのときに
身を隠されるのですか』
詩篇10篇が開かれていた。
母さんはこんな気持ちなのだろうか。
弟はまだ2人を悲しませているのだろうか。
だんだんと苛立ってきた。
僕が帰ってきたから、夜はすき焼きだった。
弟は帰ってなかった。
僕は教会の話、キャンプの話、聖書研究会のジョージの話など、これまでのことを話して聞かせた。
2人は本当に嬉しそうだった。
突然、玄関のドアが開く音がした。
無言で弟がリビングに入ってきた。
「よぉ、兄ちゃん!」
僕に気がついて大きな声を出す。
「おう、遅いんやな」
「まぁな、いつもこんなもんやで」
「そうなんか。楽しそうやな」
少し嫌な言い方をしてしまった。
弟はムッとして、
「おお、そやな。兄ちゃんは東京どうなん?楽しんでんの?」
嫌味な笑い方で聞いてきた。
「まあな。友達はできたな。教会の人とか」
「ぶはは!まだ教会とか言ってんの?!
真面目やなぁ、ははは」
あまりの弟の態度に、心のシャッターの下りる音がした。
母さんの方を見ると悲しそうだった。
「神なんかおらんやろ!
おもんないねん、そんなん。
やりたいようにやったもん勝ちやって、人生」
「いや、お前、ええ加減にせえよ。
もうええって。黙っとけよ」
母さんが苦しそうなのが辛かった。
父さんは何も言わずにじっとみている。
それが余計に腹が立った。
「は?いや、ええって!
どうせ兄ちゃん東京楽しめてへんねやろ。
彼女もおらんねやろ?
俺はちゃうから!
絶対勝ち続けるから!」
わめき散らして自分の部屋に上がっていった。
リビングの空気は重かった。
最悪や、、、
いっつもそうなんだ。
弟のことでうちは、、、。