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銀河売りの噂話
「銀河売りの噂、聴いたことがあるかしら?」
目の前にオッドアイの女生徒が微笑みながら、メロンソーダを美味しそうに飲んだ。
僕が、注文したメロンソーダであった。この子は、銀河の果てからやってきたと言い、私の目の前の席に急に座ってきた。そして、注文していたメロンソーダをひったくって、飲んでいる。が、不思議と、何故か、嫌な気持ちにはならなかった。喉が渇いて、渇いて、仕方ないので、オーダーをもう一度する。なんだか、気分も変わってしまったので、ブラックコーヒー。それをアイスで。ミルクやシロップは、なにもなし。
店員は、注文を聞くと、さっとブラックのアイスコーヒーをすぐに持ってきた。なんだか、自分は、奇妙な気持ちになった。早すぎる展開に、すこし動揺している。最終話から、物語を読んでしまったような、居心地の悪さが少しだけ、心の隙間をよぎった。
「そんな話は、知らないな。うん」
僕が、アイスコーヒーを飲み始めると、女生徒は太宰治がしているようなポオズをして、ふふんと笑った。そうして、少女は、ただでさえ大きくてつぶやな目を……どんぐりのような、大きくて、きらきらした目を見開いて話し始める。
その目の色は、サファイア色の琥珀糖のようだ。
(淡く、脆く、崩れそうだ)
「あのね、それはね、とっても甘いの」
「甘い、食べられるのかい?」
「そう、食べられるのよ」
「売っている場所は、どこだい?」
「春、夏秋、冬で場所が変わるわ」
「今は、どこに?」
「さあ、どこかしらね」
「東京では、買えないのかな?」
「そうね。都会では、難しいわ」
女生徒が、退屈そうに欠伸をする。
「それって、どんなカタチなんだい?」
首を傾げながら、質問を続ける。
女生徒は、やや揶揄うような口調で答える。
「つまらない質問ね、カタチなんてないのよ」
「けれど、カタチのないものなんて」
確認しようがないじゃないかと、自分がそう言い淀むと、ひどく困惑した表情で女生徒は続けて、話し続ける。
「そう、だから大人には見えないの。時々、見える人はいるけれど、そういうひとは決まって、不眠だったり、どこか、純粋すぎる人が多いわ」
「そうなのか、で、君が持っている……それは?」
「え、見えるの?」
さっきまで暗い表情になってゆく女生徒が、さっと明るい、まるで薔薇が咲いたかのような頬と桃色の唇で微笑んだ。ソネットでも口ずさむようなその唇は、さっきまで青白かったのにも関わらず。綺麗な口紅でも、塗ったかのように見えた。のは、きっと、気のせいなのかも知れない。
少女は手のひらの銀色の包みを見せてくれた。
見た目は、平凡な飴玉。雑に銀のなにかプラスチックの髪で包装したような感じであった。なんだか、怪しく思えて、ぎょっとした。
「これがね、星だよ」
「星? あの宇宙に輝いている……星?」
「違う、けれど近い。遠のいているような気もするけれど、近いよ」
「意味がわからないな」
「わからなくていいのよ、全てを理解しようだなんて、傲慢な人間がすることよ」
「そう、なのかしらん?」
「ねえ、手を出して」
女生徒は、左の腕を掴み。その包みをくるっとほどき中身を僕の掌にのせた。それは、吸い寄せられそうなほど強い光で、見惚れてしまうほどに美しい淡い緑色と水色の混ざった星のカタチをしていた。
「ねえ、まだ見えてる?」
不安げな声が、している。が、自分は、その掌のうえにある『星』と呼んでいた飴玉のような、"何か"に釘付けになって、いる。
これは、まるで目玉だ。という印象を漠然と感じ、ゾッとした。しかし、目玉ではない。飴玉のように、甘い香りがするし、なによりも、女生徒は目玉だなんて言わなかった。ただ、星だと、言っている。
意味が、わからない。
「不思議だねえ、惹き込まれそう」
「これはね、あなたの心を映す星なんだ〜」
「え」
「だからあげるね、それは食べて大丈夫だから。むしろ、食べないと効果がないのよ。ずっとね、死ぬまで、効果はあるよ。副作用も、あるけれど、よかったら。食べてね」
さっと冷たい雪に触れたような感触を背中に感じて、その飴玉のような、ちいさな星から目を離し、女生徒のいた席のほうをみてみた。けれど、ふっと霧のように消え去っていた。
白昼夢。
夢を見ていたのかもしれない、そう思った。けれど、掌には、さっき女生徒がのせた不思議な星がある。机の上には、飲み干しからっぽになったメロンソーダとタネだけになった桜桃が、そっとさみしそうにのっている。夢じゃ、なかった。
「食べても、問題がないんだよね」
ひとりごちり、おそるおそる、その星を口に含んだ。清涼感あるハーブの香り、アブサンのキャンディスを口に含んだあの感じだ。目を瞑ると、より一層、強く、その風を感じた。私の背中をおしてくれる。そんな、強くも優しい風が吹いているような、気がする。ふっと、安らいだ心と、不思議なことが起きたのに冷静な自分に、無意識に微笑みがこぼれた。が、瞬間、雷にうたれたような強い衝撃に、気絶した。
自分は、願った。
あの彗星に、何万年に一度かの輝き。
そう、あの人が言っていた。
あのひとって、誰だっけ?
願った。
叶えるためになら、あのひとのようになれる。
憧れ。
彗星に、手を伸ばすようなものでも、いいの。
赤い、赤い、燃えるような炎のような血の色。
ハンカチで拭った、口紅のように、赤い。
甘い、赤い、甘い、甘い、赤い、痛い。
痛い。
痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い‼︎
不意に思い出が、蘇る。身体が弱く、貧血を起こすほど、頻繁に、自分は鼻血を出す子供だったことを記憶していたけれど、それに寄り添ってくれた母の優しい眼差しを思い出した。
私に話をしてくれた、曽祖母のあたたかさと香り。
「大丈夫よ。あなたの手は、暗闇の中でも、迷わないよう。懐中電灯で闇を照らす光を持つためにあるわ。そして、愛を模索するのよ。書き続けることが、愛の探究であるのならば、それを続けなさい。私は、否定しないわ。あなたにとって、それが、愛の探究であるならば」
禁忌。涙なんて、今まで流してなかった。悲しくないのに、涙が出るのは、なんでなのかな。息が詰まると同時に、ぶわりと思い出すのは、目眩感。ぐるぐるとしていて、ああ、そうだ、思い出した。
併用してはいけない、お薬を飲むような感じ、絶対に混在してはいけない感情と感情が混ざり合って、ここに、自分がいること。
自分が、何故、ここにいるのか?
ファムファタルが、自分で首を切ってお盆の上にその首を乗せる絵柄のクッションのうえ、はっと我にかえる。ああ、夢だ。銀河を売る噂話を聞いていたから、変な夢を見たんだと思った、が、違う。そっと、再び目を開けると。視界の端に火花が見えた。そんな気がした。そして、今まで見ていたものが、みるみると変わって見えるような気がした。
まるで、生まれ変わったかのような。
そんな、心地がする。
不安が、消え。痛みも、なくなっていた。
夕焼けの光が、透明の窓ガラスに差し込んで、私の姿を反射して映した。はっと、気がついて息をのんだ。
自分の両目なかに、それを見つけた。
さっき、口に含んだ飴玉のような、薄緑と水色の混ざり合った複雑な星が、ぎらっと輝いている。
まだ、自分は、夢を見ているのかも知れない。
これは、終わらない夢なのかも知れない。
いや、これはあくまで、噂話だ。
嘘かも、知れない。
これは、噂話。そんな、夢の話。
作文:辻島治
画像:ミンナノフォトギャラリーより、hotaka様
2023/06/18