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三題話小説版『珈琲』『歩く』『箱』

 落語の三題噺の小説版を友人のOsamuさん(@osamu_ra310)と遊びました。

【ルール】
☆三つ単語のお題を出して小説を書く

☆私から一題、友人から一題、適当な本を目隠しパラパラ指差しで一題

☆三題はちょい出しでもガッツリ主軸でも可

☆ジャンルはフィクションのみ、ノンフィクションは不可。フィクションであるならミステリーでも純文学でも可。

☆制限時間:一週間

 ある日の暮れ頃、僕はいつものように歩いていた。特に、何処かへ行く予定であるとか、友人を訪ねるとか、用事があるということではなかった。

 歩いていると、様々な発見があるから時々、こうして散歩をしている。まるで詩のようだと考えている。詩は、空気で出来ているのではないかとこの頃は思うようになっていた。空気は、風が吹くと流れてゆく。あの空を浮かぶ雲と同じように、同じものはない。流れてゆく。詩と空気は、風に乗って旅をする。詩集は、そんな空気を封じこめたような書物なのかもしれない。ここには、空気がつまっているんだ。そうして、読んでいないと、時々、窒息しそうで怖く感じることがある。けれど、実際に私は窒息なんかしたりしない。歩いている。そう、私は、三半規管が弱いので、やはり迷子になりやすい。気分や調子によって三歩の距離は変わる。気分や体調が良い時は、いつの間にか遠くまで歩いて。あまり調子が良くない時なんかは、近所をすこしばかり歩いてすぐに帰っていた。その帰り道で、少し迷子になったりするが目印があるのでそれを頼りに帰っている。それは、お隣の家の梔子の花である。やさしく、甘い香りが、導いてくれるのだ。

 けれど、やはり迷子になって二度と帰れなくなるのは怖いので散歩コースは、いつも範囲を決めている。商店街の通りである。ここを歩くことにしている。いつも飲む緑茶の茶葉は、ここの商店街でしか買えないらしく、稀に来る友人は茶をいたく気に入ったと何度も言う。そういえば、茶葉がなくなっていたと店を訪ねる。

「おや、今日もお散歩ですか?」
「うん、気分転換にね」

 茶葉を売っているのはいつもきまったひとか、アルバイトの学生さんであった。何度か訪れているうちに顔を覚えられて気さくな世間話をよくされるようになっていた。それに対して、私はうん、うん、と言わずに無言でゆっくりと、相槌をうっている。これは、私の昔からの癖だった。うん、うん、と声に出して相槌を打つのが苦手であったからである。

「最近は、天気がころころと変わるんですよ。いやですね、今日もお天気だと思って洗濯物を干していたのに、あらやだ、長く話しちゃって。ごめんね、じゃあ気をつけて。いってらっしゃい」
「あ、いつもありがとう」

 茶葉を受け取って、エコバックに入れる。それから、やっぱり何か考えているような、考えてないような、心ここに在らずなままで散歩を続ける。そうして、いくつかのお店を横切ってゆくうちに、子供たちが母親につれられて歩いているのが見えた。今日の晩御飯について議論しているような、そんな会話がうっすらと聞こえてきた。
 ゔっと我に帰り。汗をハンカチで拭う。この暑さ。秋も近いと言うのに、残暑がひどいものだ。私は、いい加減に歩くのにも疲れてきて、馴染みの喫茶店へと入店することにした。

「あ、いつものでいいですか?」
「うん、それで」

 私はカウンター席に着くと、本を取り出して読み始めた。最近は、本を読むのも部屋で読んでいると気が滅入る気がしている。部屋に帰ると、眠くなって布団に沈みがちだ。そうして、天井ばかりを見つめている。あれをしなくてはいけない、これをしなくてはならないと思いを巡らせるのだが指一つ動きたくないなと気鬱になってしまうのだ。それもあるが、部屋に籠ってばかりいると不安な気持ちになってしまう。具体的にこうなるから不安だとか、将来についてだとか、具体的な事柄に対しての不安ではなかった。こうして考えてみると、もくもくと煙のようにひろがる不安が脳内に広がっているようにも思える。

「お待たせしました」

 目の前のテーブルに香ばしい香りの冷たい珈琲が置かれる。
 これは、どこの豆だっけ?
 不意にそう思った。いつもお任せと言っているうちに、いつものという癖になって、それが習慣になっていたのだ。カラン、コロン、カランと氷を転がす。昔、年がら年中ずっと冷たい珈琲を注文していたら「まったく、いつも同じものばかりじゃないか」と苦笑されたことがあったなと思い出した。もう、祖父と来ることはないんだなあとしみじみ思った。

「なんだか、疲れていますね?」
「あ、ああ。えっと、少しだけ考え事をしていて……」

「考えすぎも、抱え込むのも、身体に毒といいますよ。肩のチカラをぬいて、のんびりと過ごしてください」
「そうですよね。はは、そうします」

 そっと、冷たい珈琲を飲む。いつも通り、香ばしさのなかに甘さのある珈琲だった。ただただ甘いというだけでなく、だんだんとほんのりとした酸味も感じる。私にとって、カフェインは強い味方である。

「いま、悩んでいてね」
「どんな悩みですか?」

「うまくは、言えないんです」
「まあ、生きてる限り悩まされることはたくさんありますからね」

 店主は、カラッとした声で笑っていた。

 もしかしたら、これくらいカラッとしていると僕の悩みの半分は解決するかもしれないなと思いながら二口目を啜る。

「あれ、タバコはよしたんですか?」

 しばらくずっと本を読んでいると、自分の方を見て驚いた顔をしている。

「うん、最近になってね禁煙をしているんだ」
「へえ、雪でも降るかもしれませんね」

「は、ははは」
「もしくは、雷とか?」

 店主が口にした途端。雷がぴしゃん、ごろごろごろごろと音を立てた。ちょっと、外の様子をみるとさっきまで晴れていた空が曇り始めていた。

「なんだか、空の具合が悪そうだ。今日は、早めに帰る事にするよ」
「ええ、帰りはお気をつけて」
「ありがとう」

 そう言って、店を後にした。自分の家に戻る頃には、雨が降り出し。ごろんと寝そべる頃には、雨がどんどんと激しく降り始めていた。雨の音を聞きながらうとうとしていると、不思議な夢をみた。

 どこかもわからない浜辺に、ひとりでいた。途方もなく歩いている。蹴り上げた砂が舞って、海をみると穏やかな波をたてて寄せては引いてを繰り返していた。その海の水面に雲と青空が写っていて、水は水晶のように透き通った質感を持っていた。ずっと歩いていると、波打ち際になにかをみつけた。近づいて見てみると、それは小箱であった。質素な木箱だ。中身はなんどろう? そう思い、透き通る波に攫われないように、おそるおそる手に取ってみた。蓋を開けようとしたが、ビクともしなかった。どうにかして開かないかなと、観察をしていると小さな鍵穴があることに気が付いた。これじゃあ、どうしようもないと思い。それを片手に持って浜辺をまた、歩き続けた。

 そうして、歩き続けていると、次は一艘の小型の舟が打ち上がっていた。船内は空っぽでずいぶん古い舟に見える。そっと奥底の方をみていると鍵が落ちていた。拾ってみるとそれは真鍮でできた鍵で、飾りに翡翠が嵌められていた。ふと、思いつき。おそるおそる、開かなかった小箱の鍵穴にそっと鍵を差してまわしてみると、カチリという音がしたのだ。

 恐る恐る、そっと開けてみると中身は……

というところで、目が覚めてしまった。

 あの箱の中身はなんだったのだろうか?

 もしかしたら、なにもなかったのかもしれないし。お宝のようなものが入っていたかもしれない。けれど、夢は夢であった。確認のしようがなかった。それから、ずっと同じような夢を見るようになった。
 どこかもわからない浜辺を歩く。箱を拾う、舟を見つける。鍵を拾う。鍵で箱を開けて、中身を確認しようとすると、いつも目が覚めてしまう。

 あまりにも繰り返し繰り返し、同じ夢ばかり見るので疲れてしまった。そうして、いつもの散歩も疲れてきて。歩くのもフラフラとしてきていた。私の家には幸い、祖父が遺した杖があったので、試しにそれを使わせてもらうことにした。祖父は、何度かイギリスに仕事にゆくことがあって、亡くなる前にこれは自由に使うと良い、なかなか洒落ているだろうと笑っていたことを思い出した。私は、その杖を使ってみることにした。するとふらついた足元が安定して歩くのが、楽になった。ふらつきがなくなってすっとまっすぐ歩けるようになったのが、私に安心感を与えた。酔ってもないのに千鳥足でフラフラと歩いていると、どこか頼りない感じがしていたのだ。私は、こんな自分の手を握って支えてくれる手はない事を十分に理解している。それに、自分の足でちゃんと歩いてゆかないといけないということも理解しているつもりだった。けれど、不調が悪化すると心細くなるんだなと、身をもって理解してきた。きっと君はまだ若いのに杖をつかうとは、と知らない人からは言われるかもしれないけれど、そんなことじゃめげないようにすることにした。他人を変えることはできなくても、自分は変わることが出来る。服薬の副作用で筋力も骨も、体力も随分と削られてしまったようだ。

 医者からつよく、禁煙を命じられ。律儀に守っている。タバコ屋の前、いつもの店主がいる。ここの店主は海釣りが趣味であった。いつも時期の旬な魚をタバコ屋なのに教えてくれたり。大量に釣れた時にはお裾分けしてもらったりした。

「あ、お久しぶりです。いつものタバコですか?」
「ううん、もう吸えないんだ」

「あー、そうだったのですね」
「いつも買っていたのに、申し訳ないね」

「いやいや、仕方ないです。まずは、健康が第一ですからね」
「そうなんだよな」

 自分はそう言って頷いていると、店主が手招く。

「あげます」
「え?」

 そっと渡された。
 夢で何度も見た、小箱にそっくりな木箱だ。

「これは?」
「帰ってから、見てください」

「あと、これもあげます。どういう心境の変化は知らないのですが、無理をして禁煙をするのだって体には毒だと思いますよ」
 そう言って、微笑んでいた。申し訳ないので、店にあった板チョコレイトを購入して帰ることにした。
「じゃあ、お元気で」
「ええ、貴方も」
 後々に知ったが、もう近いうちに店をたたむことになっていたらしい。最後の会話になるとは、その時は思わなかった。タバコを吸う人が減って経営がまわなくなったらしい。そうして、辞めた後は娘さん家族のところに引き取ってもらって、余生をすこしばかりそこで過ごすことになっているらしい。
 私は、謎の箱とタバコを片手になんとか家路についた。誰もいない部屋に「ただいま」を言うことにも飽きてしまって。無言で机の上に小箱を乗せた。開けてみるか、いや、今は開けないほうがいいのか? そんな葛藤は、1時間弱続いた。かなり悩んだけれど、意を決して開けてみることにした。掌にある木箱には、鍵穴はない。そっと、恐る恐る開けてみると、中身は古いマッチ箱とマッチでいっぱいになっていた。あ、あーあ。と、拍子抜けして横になった。

 幻想的な夢のなかで、何度も、何度も、ああでもないかしら、こうでもないかしら、と、考えてきた答えがマッチ箱の山だなんて。
 しばらく横になっているとなんだか、ふっと笑えてきた。
 ふとハンドリップした珈琲を飲むことにした。いつものお茶ではない。板チョコレイトのお供として飲もうと思う。ドリップ方法は画家である、私の尊敬するひとから教わった淹れ方で、淹れてゆく。

「傑作とは、質の良い休憩から生み出される」と、教わった言葉をそのままに無意識に口に出して言っていた。ふと、コーヒーマグにコーヒーを注ぐと目の前に置かれた板チョコレートにかじりついた。
 無理をしても、良くない。頑張りすぎても、空回りする。やろうとしたことが、裏目に出る。ならば、やりたいことをして失敗してもいい気がする。

 例えるなら、酸素を得た魚のような気持ちになった。頭痛もすこし、和らいだような気がする。考えすぎていた自分の事をすこし恥じた。それから、疲れた時は煙草ではなく、ほんの少しのチョコレイトを食べることにしている。

 それから数日経って、久々に喫茶店に行ってみた。外は、もう肌寒くなってきて。冬の足音が聞こえる気がした。コートを羽織って、私は手に馴染んできた杖を片手に外へと飛び出した。いつもの商店街を歩く。しばらくして、喫茶店へと入店する。カランコロンと、音がして驚いた。いつもきていたのに気が付かなかったことに気がついた。そうか、この喫茶店のドアには、ベルがついていたんだ。

「いらっしゃい、いつものかい?」
「今日は、違った豆の珈琲を飲んでみたい」

「あ、でしたら。今日、入荷したばかりのコスタリカはいいですよ」
「じゃあ、それを飲んでみたいな。ホットで」

 カラッとした声で私が笑うと、店主もカラッとした声で笑った。

 外は晴れ晴れとしたいい天気のまま。寒さは、これから強くなるだろうというかんじだった。雲が流れて、風は吹き。詩は、風に乗って飛んでいる。

【文章・ヘッダー写真】
辻島 治

令和5年8月23日

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