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紫陽花物語詩

 

序   紫陽花

駅へと足早に、過ぎ去るひとたち。
箱庭でひっそりと 咲いた花。
濃い紫の萼片がくへんが、陽の光を浴び、輝いている。
昨日の雨。
雨粒が、そっと葉のうえを転がっていた。
雨粒は、今、静かに青い空を見つめている。

こっそり「おはよう」と、呟いてみたよ。あさ。

一   いつもの朝。

足早に、駅へと、過ぎ去るひとたち。いつも。
私の姿は、あのひとたちにとって、背景に過ぎないのかもしれない……のよね。
そう、なのよね。

花壇。陽の光を浴びた、紫陽花。
こっそりと「おはよう」と、呟く。
この箱庭には、いつもと変わらず。 陽の光が、降りそそぐ。
いつもの朝。陽の光。
すこしだけ、さみしい。朝ね。

二   虹の架け橋


静かにじっとしていた雨粒が、きらりと輝く。
ふと気になって、青い空を見上げてみた。


驚いた。

虹の架け橋がすぐ、真上に広がっていた。
どこへ繋がっているのか、確かめにゆけたなら、わたし。

三   カエルのうた

もう、昔のこと。
お母さまの帰りを待っている少女が、お歌を歌っていたのよ。
「かえるの、うた、が」
けろ、けろ、けろ。けろろん。

紫陽花の葉の上のカエルも、一緒に歌う。
私も、歌えたら、よかったのに。ね。


「ケロケロ、ケロロとね、うんとね、カエルが鳴いているの。いるからね」
少女は、呟く。
「だから、私ね、おうちに帰るのよ」
そっと、そう呟いて、少女が去ってしまった。その先に、白いワンピースのやさしそうな女性が、微笑んでいるの。
あのね、お嬢さん。私ね。
私の居場所は、永遠トワ箱庭ここなのよ。
「ただいま」って言ってみたいわ。

あのね、外の世界をみてみたい。
そうして、笑顔で、箱庭に帰る。
私は、今日も、微笑んでいることしか、出来ない。

むすび    箱庭と女神様

あの子は、もう来ない。あの子が、来ない。
なにも、かわらない。変われない。
箱庭の景色。
夢も、憧れも、いろいろ、あった。気が、した。
うとうとしていると、女性がやってきた。
どこか、懐かしい気がした。

「私ね、ここで結婚式をしたいの」
「え、ここってさ、教会らしいけど、ちいさいよ?」

「ここの教会の箱庭に、女神様がいるらしいのよ。ユーノーという、結婚を司る女神様」

もう、ずいぶんと見上げていなかった青い空。
目の前には、あの子。そう、あの少女が、成長し、大人になっていた。

あの子は、忘れていなかった。わたしのこと。

「昔から、ここが好きなの。なつかしい」

私は、うれしくなって、思わず泣いてしまった。
すると、空から雨粒がぽろり、ぽたり、ほろり、落ちてくる。

「雨だ」
「わ、雨だ」
「わ、雨だね」

二人が、空を見上げる。
青い空なのに、降る雨に、すこし苦笑している。

私は、精一杯の声で、二人に呟いた。
「おめでとう」
雨が、あがる。箱庭に、やさしい風が吹く。


ふと、カエルの鳴き声がして、振り返った。
そこには、濃い紫の紫陽花。


その近くには、虹の架け橋ができていた。

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