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chapter.12 マリとハルのだいぼうけん
小学校4年生にあがったあたしとハルコは、いっしょに美術クラブに入った。
クラブ活動は高学年から、どれかひとつ選んで入ることになっていた。ハルコはまんがクラブに入りたかったらしいけどそんなのはなくて、絵が描けるならいっか、と美術クラブにしたのだった。
4年生ではクラスがいっしょになれなかったあたしたちだけど、美術クラブに行けば会えたし、席順も好きに座っていいから、急いで早く美術室に行って隣の席にランドセルを置き、ハルコが来るまで2人分の席を確保していた。
あたしたちがセットになると今日あったことのおしゃべりがとまらなくて、担当の谷川先生に「ほーら岸本姉妹!!」ってしょっちゅう注意された。
家に帰るとそれが面白くて、2人で「ほーら岸本姉妹!」と言い合ってどちらが谷川先生に似ているかで競争した。
ハルコが美術クラブでやったことで最ッ高に面白かったのは、「感謝デー」だった。
ある日ハルコが美術クラブで隣の席について、あたしとまっったくおしゃべりもせずに、黙々とチラシやら折り紙やらを切っては紙袋に入れていた。
そして美術クラブがあと10分で終わろうかというときに、ハルコはいきなりガタッと立ち上がってあたしの方を向き、紙袋に手を突っ込んでふわあっと紙吹雪を舞わせた。
「岸本ハルコ、感謝デー!!!」
あたしはすぐに、ママとよく行くスーパーの放送の真似だとわかり、げらげらと笑いだした。放送の女の人の、鼻にかかった声を真似ているのがわかり、なおさらおかしい。
「ご来店、まことにありがとうございます!岸本ハルコ、感謝デーでございます!!」
そしてまた紙吹雪をふわっ、ふわあっと舞わせる。あたしは笑いすぎておなかが痛くてヒーヒー言ってしまう。
「本日は、お肉とお魚が、たいへんお安くなっております!!」
そしてハルコはていねいにうわばきを脱いで椅子の上にあがり、広範囲に紙吹雪をまき散らす。
「今後とも、岸本ハルコを、よろしくお願いしむぁす!」
ます、の部分の言い回しが「むぁす」に聞こえるところまで再現されて、あたしはもう笑いすぎて笑い声が出なくて机をバンバンたたいた。
「ほーーーら!岸本姉妹!!!」
谷川先生の声が飛んでくる。
「そんなに仲がいいならさあ、合作でもしたらいいんじゃないの?」
と、提案してきたのは谷川先生だった。
「ほら、ふたりで一枚の絵を描いたりさあ、漫画が好きなら順番にひとコマずつ描いて、ひとつの作品にするのも面白いんじゃない?」
あたしたちはこれにすっかり乗せられた。
美術クラブの問題児だったあたしたちは、次のクラブの日からものすごく静かになった。
あたしは新しく買ってもらった自由帳に慎重に字を書いた。
「マリとハルのだいぼうけん」
おひめさまのマリと、まほうつかいのハルがいっしょに冒険して悪いドラゴンをたおす話。
マリはとある国のおひめさまで、ドラゴンのせいで国をめちゃくちゃにされてしまった。マリは国のために冒険に出ることを決意する。
そしてハルはマリのいちばんの親友で、小さいころからどんなときもいっしょにいた。国いちばんのまほうつかいで、マリのためならと冒険についてくるのだ。
最初はふたりとも四コマまんがを1ページにひとつずつ描いていたが、だんだんもっと面白くしたくなって、30センチ定規でコマを割り出した。
ハルコがまんがを描いている間、あたしはマリとハルの絵を描いたり、ハルコがどんな展開を描いてくるか予想したりした。ハルコは描き終えるとすぐ自由帳を渡してきて、あたしはそれを読んで次の展開を考えて描くのだ。
あたしたちはまんがを描いている自由帳を、得意になってクラスの子たちに見せたりした。
「この”マリとハル”って、まりこちゃんとハルコちゃんのこと?」
とよく聞かれた。あたしたちは決まって得意げに、
「ちがうよ」
と答えた。
自由帳は2冊になり、3冊になり、小学校を卒業する頃には10冊になっていた。10巻まで出すなんて、少女まんがの世界だったら結構な人気作だ。あたしたちはそれくらい夢中になって描いていた。
描いていたのに。
……あのまんがは、どんなラストをむかえたんだっけ。最後のページを描いたのは、どっちだったっけ。
どこにしまってあるのかなあ。ハルコが持っているんだったろうか。
あんなに一生懸命描いていたのに、今の今まで忘れていた。
絵を描く、ということが、あの頃がいちばん楽しかった。