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chapter.3 駅のホームにて
ああ、時間がない!
あたしはバタバタと走って駅へ向かう。
思いの外商談が長引いた。なんであのお客さんは何度となく同じ話を繰り返すのだろう。丁重に丁寧にうまく切り上げようとしてもまた話を始めてしまう。
いや、終わったことをとやかく言っても仕方がない。会社に戻って片付けなくてはならない仕事がいくつもたまっている。
改札をくぐって地下鉄のホームへとバタバタかけ降りると、ちょうどホームドアがバシッと閉まった。
くやしい。3分のロスタイムだ。
昼に食べ損ねたコンビニのパンの封を切って口にくわえる。立ちっぱじゃ作業しにくい。空いているベンチへ腰掛け、荷物を隣へと置く。
あ、これ返そうと思って返してなかったメール。なんですぐ後回しにしてしまうんだ。鞄の中をバサバサと引っ掻き回し、資料を探す。
お腹が痛い。ここ最近新しく任される仕事が増えた。うまいこと回しきらないとまた残業だ。早く、早く、どうにかしてできるようにならないと。
ベンチの隣に人がやってきて、あたしは可能な限り自分の方へ荷物を寄せる。すると「あらいいんですよ」とやわらかい年配のご婦人の声が降ってくる。
「おいしそうなパンね」
気遣いで、さらにひとこと添えてくれるご婦人。パンをくわえたままで、ろくに返事のできないあたしはあわてて隣のご婦人に目を合わせて頭を下げる。
そして、あれ?と思った。
これ、なにパンだっけ?
袋にでかでかと「こしあんパン」と書いてある。うそ。あたしあんパンはつぶあん派なのに。
気がつくと、こしあんのもったりさが舌にありありと感じられた。うわこしあんだ、こしあんだこれ。すんごいショック。
そんなことにも気がつかない自分に愕然とするやいなや、ホームに次の電車が来るアナウンスが流れる。
あたしはこしあんパンを無理やり口に押し込んだ。