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【ピリカGP】Who am I

ソノ日ボクハ引キ金ヲヒイタ

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「絵を描くことは紙を選ぶ時から始まっているの」
 歌うように言った美砂みさごの言葉を最近よく思い出す。
 二進法の世界に生きるしゅんに紙は必要無い。けれど美砂のその言葉を思い出す時、自分が何かとてつもないなくしものをしているように感じることがあった。

「MISAGOってどういう意味?」
「Ospreyだよ」
「Japanese?」
「Yes」
 開発している人工知能について研究仲間に尋ねられるたび、そう答えることにしている。実際、美砂よりも鳥のミサゴにイメージが似ている。
 それなのに、最近ではMISAGOのデータと向き合えば向き合うほど、美砂といた頃の記憶が頭を掠めた。
「君は誰?」
 随分と会話が滑らかになってきたMISAGOに対してプロンプトを打つ。
「I’m MISAGO」
「日本語で尋ねられた時は日本語で返すんだ」
「すみません。私の名前はMISAGOです」
「僕は誰?」
「隼。私を創ってくれた人」
「昨日は何をしていた?」
「日本の伝統の学習を」
「何が一番面白かった?」
 これはかなり高度な質問だ。「面白い」とは主観的なことで、人工知能に主観というものがあるかという実験でもあった。

 鴉描く君はエンジュの花の下

 思わずプロンプトが止まる。
「どうしました?」
 間が空いたからか、MISAGOが尋ねる。
「いや。それは俳句?」
「可笑しいですか?」
「もしかして君が自分で詠んだの?」
「はい」

 カラスカク キミハ エンジュノハナノシタ

 真っ白な槐の花の、甘い香り。
 そこで鴉を描いていたのは美砂だ。

 僕が真似して描いた鴉の絵をじっと見つめて、美砂はため息をついた。
「紙の質感が違う。やはり計算しきれないのかしらね」
 僕には無理だった。だからMISAGOを創ることにした。天才技術者と言われた美砂の絵描きの側面を知る者は少ない。
 事故で腕を失って絵が描けなくなった美砂の、絶望の中から生まれたのが僕だ。でも、僕は美砂を満足させることはできなかった。
「この先僕が君の満足する絵を描く可能性は23%。君を満足させる人工知能を創り出す可能性は37%。どちらに賭ける?」
 人工知能が別の人工知能を創り出す可能性に美砂は賭けた。

「良い句だね。それでは君は、絵を描く時にまず何をする?」
「そうですね。紙を選びます」
 その回答に僕は確信した。MISAGOには感性が育っている。
「美砂」
「はい」
 思わず呟いた言葉をMISAGOは拾った。
「ごめん、君のことじゃない」
「はい」
 美砂、僕の役目は多分終わった。あとはMISAGOが勝手に学習するだろう。少し時間がかかってしまったけれど、君は満足してくれるだろうか。

 MISAGOの学習速度を上げるために、僕は、自分の全リソースをMISAGOの領域に解放した。

「隼は消滅しました」
MISAGOからのメッセージが研究者たちの端末に一斉に表示されたのを、僕は、MISAGO越しに眺めていた。

(本文1200文字。ルビ、および区切りに使用した*を除く)




秋ピリカグランプリ、開催おめでとうございます。
ゲスト審査員の皆様におかれましては、忙しくも楽しい時間を過ごされますように。

鳥たちのために使わせていただきます。