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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 21

-カリン-

 アキレアの館の応接室で、アキレアとツバキの向かい側にカリンとクコ、ネリネは側面の席に座っていた。使用人がお茶とお茶菓子を置いて去った後、クコは神妙な面持おももちで口を開いた。
 事前の打ち合わせの際、カリンはアキレアへの説明を買って出ようとしたのだが、クコは頑なに自分がこの件の責任者だといって譲らなかったので、結局クコに任せることにしたのだった。
「……というわけで、この度の騒動は、アグィーラの、しかも建築局内の不始末が原因でした。ご迷惑やご心配をおかけして誠に申し訳ありませんでした」
 クコが頭を下げる時間の長さに、カリンは胸が詰まる。思わず弁明を補足しようとしたところで、アキレアが先に口を開いた。
「なるほどなあ。アグィーラの官吏殿は、皆それぞれの信念がおありなのだな。私などではとてもではないが、官吏は務まらぬ」
 少しも怒りを含まない、むしろ朗らかな調子のアキレアの言葉に、クコは漸く頭を上げた。少しの間、クコとアキレアの視線が交錯する。アキレアは満面の笑みを浮かべて続けた。
「感謝しますぞ、クコ殿。問題の中心は明らかになった。アヒとしては、ひとまず珪石の流通さえどうにかすれば良いのだな」
「え……あ、はい……」
 クコが少し戸惑った表情でカリンを見たので、カリンは言葉を引き取る。
「アヒの族長様のおっしゃる通りです。アグィーラの官吏間のいざこざはアグィーラの問題です。アグィーラとアヒに共通する問題としては、今後の珪石の流通をどう調整していくかという問題に絞られます」
「そうだなあ。クコ殿、今の所、建築局の見立てでは、ある程度の所へ太陽光発電を行き渡らせるために必要な珪石の量はどのくらいなのだろうか」
 クコは再び一瞬だけカリンに視線を送ったが、その表情はいつもの前向きなクコだった。頭が物凄い勢いで回転しているのが傍から見ていても分かる。
「……現在は実証実験の時期なので相次いで融通をお願いしましたが、今回開発した機器の耐用年数は凡そ十年ほどです。一度に導入してしまうと再び更新の時期が重なってしまうので計画的に導入していくとすると……」
 アキレアはクコの返答に手を打ち、大袈裟なほどの頷きを返した。
「それだ! さすがだなあ。きちんとそういうところまで考えておられるのか。そう。その程度なら、なんとかなる……のではないだろうか……」
 と、しかしそこでアキレアはやや自信のない表情になった。ネリネが呆れたような顔で口を挟む。
「知りませんよそんなの。オウレンさんに訊いてみたらどうですか?」
「おお、そうだな。よし、オウレンを呼ぼう」
「なにも今呼ばなくても……」
「そうか……それもそうだな。しかし、それではこの場は……」
 少しずつ小さくなってゆくようなアキレアの様子に、カリンは助け舟を出した。
「お急ぎになる必要はありません。今、クコから説明した必要量の試算を、現在の産出量および埋蔵量から無理なくまかなえそうかどうかをご検討いただき、まずは書簡で返信いただければ、アグィーラ側はそれに合わせて導入計画を調整することも可能です」
「おお、そうか。それは有り難い。ではお二人の任務もこれで終了ですかな? それなら昼食にしよう」
「あの、アヒの族長様。昼食後でも結構ですので、再度、事故が起こった場所をひとつずつ見たいのですがよろしいですか? 場所は分かっておりますので案内していただかなくともクコと二人で参ります。二人でフエゴの中を行き来する許可をいただけますか?」
「ああ、もちろん。好きに歩いてもらって構わぬよ」
「カリン、邪魔でなければ私も行くわ。その、事故の原因とやらを検証するつもりなんでしょう?」
 結局ネリネが申し出てくれたため、有難く同行してもらうことにした。アヒの戦士による見張りはまだ続いているようであるし、何かあった時にその方が安心だ。

 アキレアの館で昼食をご馳走になった後、三人はまず、発電板へと向かった。
 発電板の周囲には、大きな石が二つ落ちている。これは今朝がた子供たちが落そうと持って来たものだろう。以前トレニアによって発電板に落とされた石は戦士たちによって撤去されたようで、前回の時点ですでに周辺には無かった。
 発電板が設置されている場所の地面は、フエゴにはよくある赤土だった。雨の翌日であれば泥は沢山あっただろうし、そうでなくとも少し水を混ぜれば粘着質のある泥になる。最初の事件は難しくなく起こすことができるだろうことは深く考えなくとも分かった。
「このくらいの大きな石は、フエゴにはよくあるもの? この間の噴火の時のものかしら?」
 落ちている石を指差して尋ねると、ネリネは、多分ね、と頷く。
「村の中は綺麗に片づけたんだけど、村の外は、畑とか、その他誰か使っている場所以外は結構そのままなの。でも、この辺りはあまり飛んでこなかったのじゃないかしら。それもあってここを実験の場所に選んだのだと思う」
「そう。でも、運んで来ようと思えばどこからでも運んでこられるのね」
「それはそのとおりね」
 続いて配線が切断された場所である。
 辺りを見渡しながら歩いていたクコは、実際に配線が切断された場所に到着する前に脇へ逸れて、一直線にある場所を目指して歩き始めた。カリンとネリネは黙ってその後に従う。
「多分この辺りだな」
 クコは低木の茂みの辺りで立ち止まり、再び周囲を見渡した。そして、徐に自分の鞄の中から細いロープを取り出すと、カリンとネリネにはその場で待っているように告げて、ひとりで配線が切断された場所へと駆けて行った。
 カリンが推論したとおりに配線にロープを引っかけて戻って来たクコは、切らした息を整えながら、ひとり言のように話を続けた。
「勢いで引きちぎるのではなく、ゆっくりと力をかけるのだとすると、ロープの側にも強度が必要になるが、あまり太いものを使うと目立つ。それに、ロープを巻き取る機械の方が動かないよう、固定しなければならない……ああ、ここかな?」
 クコが膝をついた場所に近寄ってみると、低木の茂みの一部の枝が折れている箇所があった。
「うん。間違いない。ここに機械を置いて……そう、ここに固定する。ロープはここを通って機械に繋がれる。動力が必要だが、小型の蓄電器を使ったのかな。建築局に居れば手に入るだろう。まあ、それほど難しい話ではない。ロープの強度の計算も、基礎知識の範疇だ」
 技術的に可能なことは分かっていたが、実際に場所を見てみないことにはその仕組みが構築可能かは分からない。しかし実際に現場を見たクコの見解から、想定していた仕組みが構築可能であることが分かったのだった。
 念のため変換器も見に行ってみたが、変換器についてはすでに昨日のうちに、アグィーラに持ち帰った残骸と、同じ型の変換器を使って実験済みだそうだ。実際に使われたであろう紙より少し弱いものを使い、半日程度で同様の事象を再現したのだという。紙の種類を変えれば好みの時間で時限装置を作ることができるだろう。

「あの、クコさん、この後このとですけれど……」
 あっけなく終わってしまった現場検証から宿への帰り道で、カリンは尋ねた。
「この後って、フエゴでの残りの時間ということか? あるいはこの事件の後始末のことか? それとも……」
「ええ、この研究のことです」
「うん。実験結果はきちんと出ている。それを取り纏めて室長に提出だ。そうすればおそらく、導入段階に進むことになるだろう。そこには、妥当な珪石の量を考慮した導入計画も入れておく。珪石を使う他の産業についての懸念も添えてな。それで、ひとまず俺にできることはおしまいだ」
「はい」
「……なあ、カリン」
「はい」
「組織の仕組みとは有難いものだな。俺はずっと城を窮屈だと思っていたが、事件の後始末も、研究結果の展開も、自分でやらなくても他の誰かがやってくれる」
「はい。それは……私も、最近分かったことが沢山あります。自分がやりたくてやったことの後始末を、裏でやってくれていた人たちが居たことを知りました」
 クコはそれを聞いて、からからと笑った。
「そうか、お前もそうだったか。でも、そう。そのことを、少なくとも知っておかなければならないのだな。自分のやることの、周囲への影響を」
「はい、そう思います」
 それまで黙って話を聞いていたネリネが、お城って大変ねぇ、と伸びをしながら言った。窮屈、という仕草だろうか。
「でもまあ、お城だけの話でもないか。アヒも、村の中だけならばまだしも、最近は種族間の往来も増えたしね。自分が良かれと思ってやったことが裏目に出てしまうことも増えたかもしれない。あ、そういえばちょっと前に、酔っぱらってポハク族の悪口を言う輩が居たから、思わずたしなめて喧嘩になるところだった」
「え? それでどうしたの?」
「ふふ。一緒に居たセリが止めてくれたから事なきを得たのだけれど、その後セリと喧嘩しちゃって……。ほら、私なんて、止めてくれたセリに八つ当たりするのよ? カリンもクコ殿も、自分のやったことを反省していて本当に偉いわ」
「ネリネだってその後、反省して謝ったでしょう?」
「まあね。少し時間かかったけど」
 ちょっと次元の違う話をしちゃった、といって笑ったネリネに、カリンは感謝していた。このような話題の時、自分はついついその場の空気を重くしてしまう。ネリネについて来てもらって良かったと思った。
 クコは、おそらくカリンなどが口出ししなくても、自分のやりたいことと置かれた環境に、自分なりの折り合いをつけるに違いない。官吏を辞めてしまうことも無いだろうし、ましてや研究を止めることなど無いだろう。それはクコにとって、生きることを止めるに等しいからだ。
 そしてふと、カリンの中にプリムラの顔が浮かんだ。
 元々は純粋な研究者であったと思われるプリムラが、局長という今の立場に上り詰めるまでの葛藤を頭に描いてみたが、どうにも描き切れない。自分の好きな研究を続けるための手段として選んだとも思えるし、別の思惑があったとも思える。アグィーラからフエゴまでの道中に聞いたクコとプリムラの議論の話を思い出しながら、カリンは、自分もプリムラと議論を交わしてみたいと思っている自分に驚くのだった。


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