ヲ格の用法に対するコーパスを用いた調査

先日ある記事で、以下の記述を目にしました。

「を」の前には出来上がった物を入れるのが正しい使い方。たとえば、「湯を沸かす」「飯を炊く」「穴を掘る」などです。「お水を沸かしてね」とは言いませんよね。

ヲ格と接続する名詞を制限するなんて聞いたことがなく、とても新鮮でした。しかし、自身の内省において「ヲ格と接続する名詞はできあがったもの」という縛りはなく、違和感を覚えました。そこで、今回はこの「ヲ格と接続する名詞に制限があるのか」を検証していきます。


内省

 上記の記事で挙げられた例文はたしかに「できあがったもの」とヲ格が接続しています。しかし、「米をとぐ」や「卵をまぜる」など反例も挙げられ、必ずしも「できあがったもの」とヲ格が接続している必要性があるとは思えませんでした。


ヲ格の文法書における記述

 ヲ格は「基礎日本語文法‐改訂版‐」において3つの用法が紹介されています。1つ目が「動作や感情を向ける対象を表す用法」、2つ目が「移動の場所を表す用法」、3つ目が「移動の起点を表す用法」です。1つ目は「そろそろ会議を始めます」などが該当し、2つ目は「歩道を歩いてください」などがあたり、3つ目は「私達は学校を10時に出発した」が当てはまります。この3つの中で最初に紹介したヲ格の用法は、1つ目の「動作や感情を向ける対象を表す用法」にあてはまります。そのため、本調査ではこの用法に絞って分析します。

調査方法

 現代日本語書き言葉均衡コーパス「中納言」を用いて調査しました。検索条件として、年代のみ「2000年代」と指定しました。これは、年代によるばらつきを抑えるためです。また、用例は50件集めました。

結果

 用例50件のうち、前述の山下が挙げた用例に該当するものを「山下に該当する例文」、そうでないものを「山下に該当しない例文」、判別不能なものを「ノイズ」としました。その結果、「山下に該当する例文」は6件、「山下に該当しない例文」は46件、ノイズは1件でありました。

考察

 この結果になった要因として、山下の内省が非常に限定的であったことが挙げられます。山下は「ヲ格はできあがったものに接続する」としているが、そのような縛りはヲ格のごく一部分の用法で、1つ目が「動作や感情を向ける対象を表す用法」の全体に対して記述したものでないといえます。

まとめ

 本調査では、山下(2023)における記述を検証しました。その結果、ヲ格に前述する用法の縛りがないことが明らかになりました。その要因として、山下の内省が非常に限定的であることを指摘しました。これは個人の感想ですが、文法は正しいかどうか判定するものでなく、言語産出を分析する道具なので一般教養レベルにおける文法の認識が改まる必要性を感じました。
 

P.S 一週間風邪で執筆活動ができなくて投稿が遅くなりました。申し訳なかったです。病み上がり一発目だったので内容もいつにもまして稚拙ですがご容赦ください。

参考文献

 益岡隆志、田窪行則(1992)「基礎日本語文法‐改訂版‐」くろしお出版


いいなと思ったら応援しよう!