愛する、ということ
愛するとは、何だろうか。
そんなこと考えてないでもっと有益な時間の使い方をしろ、と言われるのは人生で何度も経験している。私はそういう人間だ。
そんな私にとって、愛とは則ち"推し"のことである。
中でも、私が好きを最も拗らせた推しが"あすかな"である。私はあすかなの話をしたい。
何だそれと思ったかもしれない。
あすかなというのは、ジャニーズ(新会社名が決まっていないのでこう記す)とSHOWROOMと HoneyWorksが手がけたバーチャルアイドルである。
キャラデザと楽曲をHoneyWorksが、cv.をなにわ男子の藤原丈一郎と大橋和也が担当し、SHOWROOMで生配信をするというコンテンツである。
あすかなの海堂飛鳥と苺谷星空はアイドルを目指す大阪出身の男子高校生2人で……という説明は始めると長くなるので割愛する。
詳細はこちら。サムネイルよりトップの写真の方が盛れているので是非とも一度押していただきたい。
ちなみにこの文章は、あすかなのことを知らない人でも、人間にこんな文章を書かせてしまう(良い意味で)とんでもないヤバコンテンツだとお分かりいただけるのではないだろうか。
もしよろしければ、お付き合いいただきたい。
私が彼らに出会ったきっかけは至って単純なもので、私がたまたまジャニーズとHoneyWorksに興味があるヲタクだったというだけである。
そこからSHOWROOMのアプリをダウンロードして、初配信を見て、あれよあれよという間にあすかなの虜である。
しかも、同時期に大橋和也にもハマってしまったのだから、もう逃げ場がない。
その時から、私の人生はガラッと変わったという表現がピッタリと当てはまるくらい、一変した。
21:30からの配信を見るのが日課になった。大橋和也を見るのが日課になった。
正直なところ、2019年より前のことはもう半分も覚えていないと思う。あんなに好きだったあのアイドルもあのコンテンツも、ちょっと頑張らないと思い出せない。
その他の日常なんてもっての外で、学生時代の友人と昔話をすると身に覚えのないことが次から次へと話題に登る。かなり脳みその建て付けが悪い方なのは一応自覚している。
とはいえ、当時はまだ他のコンテンツにもかなり熱を入れていたし、拗らせてはいなかった。
拗らせ始めたきっかけは何となく覚えている。あすかなが1周年記念でRTキャンペーンをした時だ。
フォロワーが10万程なのに目標値が5万RTだった。
私以外のヲタクもみんな必死だったように記憶している。私もツイ廃故に多数持っているアカウントをフル稼働させ、友人にも頼み、ツイートして拡散した。
多くのファンと、他の界隈の方々の協力で何とかなったが、頑張らないとこのコンテンツは終わるかもしれないという危機感を感じ始めた。
近い時期にちょうど、他の好きなコンテンツが終わりを迎えたことも影響していたと思う。
それからは、さらに熱を入れて応援した。
新型コロナが蔓延し始めて、現場こそなかったものの、配信での星3周・コメント・指定のフラッシュタグ(星空はハッシュタグのことをフラッシュタグと言う)の投稿、TwitterのRT・いいね・リプライ、連載雑誌の購入、SNSでの発信等々、できることは"それなりに"やっていた。もちろん映画も見たし、しばしば配信で私のコメントやイラストが採用されることもあった。
大橋のことも、同時並行で応援していた。
その後もあすかなを応援し続け、2度目の飛鳥の誕生日や、配信デビュー2周年、3度目の星空の誕生日をともに祝い、そして3度目の夏を迎えた。
3度目の夏はそれまでとは違った。それまではしていなかった、画像や動画を用いたSNSでの企画をいくつかしていた。
何かが変わる予感がした。
そんな中、2021年7月28日になにわ男子のデビュー発表があった。あれだけ勢いがあったのだからしないはずがないし、何より推しである大橋のデビューを心待ちにしていたから、本当に嬉しかった。
あすかなに関しては、不安がなかったわけではないが、仮に配信の頻度が減ったとしても、あすかなも続くと思っていた。
実際、なにわ男子のデビュー発表があった後の8月の終わりには、また来年も再来年も一緒に花火を見ようと、小指を結んで約束もした。
しかし、悲しいことはいきなり訪れるもので、あすかなはSHOWROOMの配信を辞めることになった。それを知ったのは2021年10月3日だった。
配信が終わるという言い方だったが、結果としてYouTubeや雑誌も、終わってしまった。2021年11月9日だった。
終わると知った時は、ただひたすら悲しかった。
来年の夏は、一緒にいてくれないのだろうか。
12月の飛鳥の誕生日は、祝えないんだな。
来年も再来年もその先も、もう同じ時間を過ごすことはないんだな。
まだ、8月に2人とした花火大会の時に買った花火が残っているのに。
それから、どうしようもない悔しさが溢れてきた。
もっと、あすかなのためにできたことがあったかもしれない。私1人に出来ることなどたかが知れているが、そう思わずにはいられなかった。
配信終了を知ってから、終了するまでの間は、複雑な心境だった。
あすかなが私の前からいなくなる日が近づくにつれて、絶対にいつかデビューを見届けたいと思っていた大橋がデビューする日が近づく。
テレビでデビュー曲を聴く回数が増えるにつれて、あすかなの残りの配信回数は減っていく。
結局のところ、どうしたって私はあすかなのことが好きだった。
そんな期間に上がった動画の中で、ふと星空が
「だって俺ら1000年くらい生きるっしょ?」
と言った。
深い意味があったかは分からないが、私にはそれが救いの言葉に聞こえた。
あすかなとのこれからはないんだと思っていたところにそんなことを言われたら、私も1000年生きるしかないと思った。
例え全部が終わっても、私は一生あすかなを好きでいると決めた。
2年前の今日は、配信が終わってそのまま泣きながら朝の6時くらいまで起きていた。
その後も暫くは、布団をかぶってめそめそ泣く夜が毎日のように続いた。
死んだら同じ世界に行けるかもしれない、とか割と本気で考えたこともある。
その度に、いや私はあすかなと一緒に1000年生きるんだった、と思い出してはまた悲しくなった。
それでも、あすかなのことを考えながらめそめそ泣くのは、毎日から週一、月一、と段々と間隔が開くようになった。
徐々に、これ以上苦しまないように2人を思い出すのを辞めるようになった。別のどこかに面影を見るのを辞めた。そうしたら、段々思い出せなくなった。
あんなに好きだった顔が、声が、表情が、文章が、掛け合いが、「そういえばそうだった」になっていく。
思い出せなくなるくらいなら、いっそあの瞬間に世界が全部終わってくれたら良かったのに、なんて身勝手に思った。思い出すのをやめたのは私の方だ。
——あの時、使いきれなかった花火セットをようやく使い切ったのは、今年の盆の送り火の時だった。あすかなの配信が終わってから2度目の盆である。
少し湿気を吸って燃えにくくなっていたが、ちゃんと火がつけば、パチパチと音を立てて燃えた。
弾けるような音と、燃えゆく火薬の匂い。
線香花火の小さな輝きと、落ちる瞬間の儚さ。
胸が締め付けられる思いがした。2人と線香花火をした日のことを思い出した。
あの夏は私の中にずっとあった。
2人とみんなで、夏祭りに行って、線香花火をして、笑い合った夏はずっと消えない。例えそれを思い出すのが、1000年先だったとしても。
2年も経つのにこんなにも苦しくて、視界が歪む。
何でもない日でも、ふと思い出して寂しくなる。会いたくてしょうがない。
一生好きだという誓いを立ててしまった。ほとんど呪いのようなものだ。
この際、誓いだろうが呪いだろうがどちらでもよくて、一番大事なのは1000年先まであすかながあすかなでいてくれることが一番の願いだ。
だから私は、どうにかこうにかあすかなという存在をなかったことにされないようにもがいている。これもその一つだ。これを読んだ人があすかなのことを思い出したり、あすかなを知らなくても、こんなコンテンツがあるんだ、と知ってくれればそれでいい。
2人に誓った1000年が、私をこの椅子に縛り付けているのだ。
今となっては、それだけが今の私とあすかなを繋いでいる。
ああ、愛ってこれかもしれない。これだといいな。
だって、こんなにも好きだ。