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ハルチカ君と成田さん

アパレルショップで出会った二人の
その後のお話

Ready to Go

洗練されていて使い勝手のいい
モード系のファッションはお好きですか

新しい服を購入したお客様が笑顔で店を出る
アルバイトを始めて時が経ち
ハルチカ君の接客スキルも向上している

生来の努力家なので服の勉強は勿論
喜んでもらうための話術なんかも
他のスタッフを見て学んでいる

今日は特に気合いが入っている
というのも憧れの成田さんとの約束があるのだ

仕事帰りに初めて二人でご飯にいく

成田さんは相変わらず売上がいい
顧客もついているし老若男女問わず接客がハマる

当人が気にしている背の低さは親近感に
目つきの悪さは笑ったときの印象が割増に
口の悪さは裏を返せば本音を言うので信頼に

自信はないクセに実績は確かである

アルバイトスタッフにも懐かれており
最近ではハルチカ君が尻尾を振って寄ってくる

ハルチカ君は考え倦ねていた
憧れの成田さんへの気持ちは恋心なのだろうか

性別どうこうは偏見もなく
執心するほどの強い憧れも抱いたことがない

ただその先の感情が顔を出すことはなく
憧憬だけが今のところの結論である

恋心にしろ憧憬にしろあまり抱かないのもあり
モデルのオファーがあれば現場で相談していた

それだけに仕事帰りの食事を約束できたのは
感情も関係性も含めた何かが変わるかもしれない
この上ない喜びと緊張のオンパレードである

この約束は成田さんからの提案だった

モデル業も熟すハルチカ君の話をききたい
自分にないものばかり持ち併せる人の話を

外見も内面も申し分ない
その人間性や生き方を知りたくて

仕事を終えてショップの近くにあるレストランへ
夜帯にはビュッフェがある
ハルチカ君の気になっていたレストラン

ハルチカ君が目を輝かせていると
ウェイターが席まで案内してくれた
なにやらこのウェイターと成田さんの距離が近い

ただの常連の距離感ではない

親しげな二人を見ると少しもやもやして
思わず不貞腐れた表情をしてしまう

知ってか知らずか成田さんから紹介される
ウェイターもシェフも友人なんだとか

そして
どちらも以前付き合っていたと

ハルチカ君にしてみれば偏見はなくとも
十分な爆弾投下である

構造は簡単なのに内容は複雑

成田さんはバイなのだろうかと思っていると
察したかのように口を開く
人を好きになることに悪いことはなにもない

その一言ひと言に心乱されるのだ

嫉妬と希望とを感じる
ハルチカ君はやはり成田さんに
憧れ以上の好意を抱いているのだろうか

ビュッフェの料理を取り分け
運ばれてきた飲み物で乾杯する

いつになく無愛想なハルチカ君を気にするでもなく
成田さんは質問を投げかける

自社ブランドのカタログモデルくらいしか
殆ど知らないのでどんなモデルをしているのか

大学を出ていないので
どんなことを学びどんな学生生活なのか

家族や趣味なんかの話題も飛び出した

他人に興味のなさそうな人が
こんなにも自分のことを掘り下げてくるから
ハルチカ君も思わず笑ってしまう

何がおかしいとでも言いたそうに
睨んでくることさえかわいくて

もしかしたら同性との交際経験を伝えるにも
このレストランを選んだのかも
だなんて思いながら

ウェイターへ勝ち誇るかのような微笑を送り
初恋のような浮遊感を漂わせる

口角が上がるのを抑えられないハルチカ君に
成田さんはおかしな奴と漏らして
ちょっと一服と喫煙所へ向かった

喫煙所でウェイターと何やら話している
残りの料理を食べ終えたハルチカ君は
先まで感じたもやもやもなく成田さんを見つめる

喫煙所から戻る途中に会計を済ませた成田さん
今日は奢りと笑いかけて二人で店を出る

帰り道に成田さんが口を開く
ハルチカ君が羨ましいのだがどうにも
よからぬ記憶も湧いてきそうで
やっと話し込む機会ができたのだそう

他のスタッフともたまに食事にいくという
あのレストランは気心の知れた友人の店で
好きなものを好きなだけ食べられるので
よく選ぶのだとか

ハルチカ君は嫉妬の一つもするかと思えば
不思議とそのようなことはなくて
ただ憧れている人に褒めてもらえている
その喜びだけが心に響いた

憧れ以上の感情を抱いた気がしたのは
勘違いだったのだろうか

変わらず笑顔は素敵に感じたし
一緒にいて楽しくて嬉しいとさえ思う

それでも憧れだけで案外と
人は浮かれるものなのかもしれない

別れ際にも恋心がかき立てるような
離れがたい気持ちも起きてはこない

確信はないが無意識に出来事をまとめ上げ
これ以上の感情は生まれないと悟ったのか

後ろ姿の成田さんをじっと見つめる
自分も帰ろうと思いたったその時

成田さんは振り返って

ハルチカ次第でいつでも受け入れる
その心の準備はできていると

その一言で沸騰した感情が
すぐにカラダを突き動かした


いう

実際には成田さんは振り返ることなく
むしろ少し足早に去っていった

そこに期待して見てしまっただろう夢のせいで
メンタルは憧れで落ち着いたハズなのに
フィジカルはしっかり可能性に満ちている

この準備万端な武器を成田さんに使うのか

今のハルチカ君では到底結論には至らない

経験を積むべく始めたアルバイトで
まだまだ葛藤は続きそうだ

そんなハルチカ君の現状を成田さんは知る由もない

洗練されていて使い勝手のいい
モード系のファッションはお好きですか

好きとまではいかなくても
気になるモノがあるのなら試してみて
気に入ったのなら手に入れるべきだし
そこまででなくても新たな発見に繋がるハズ

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