時を経て尚、青春
十代の頃、年上の恋人に連れられて入ったライブハウス
そこで出会った音楽は衝撃的で、人生でも上位に値するくらいだ
最高じゃないのか、と云われれば、
幼少期に母が聴いていたQの『B R』を超えるものはない
(だって、英歌詞の訳を見たら、センセーショナルだったんだもの)
その衝撃に追いつくかと思う程ではあった
そして、まさかその出会いが人生の分岐点に数々登場するなんて
その音楽がどうしても聴きたくて、恋人に内緒でCDを買った
変わりゆく関係性もある中で、音楽は変わらず心に響いていた
どこかひねくれ者のような、天邪鬼のような性格をして
本来は禁止されているアルバイトをしては
発売タイミングに間に合わずも、稼いだ資金でCDを買った
ちょっとしたスリルも、報酬の先にある感動も
若さの成せる青春群像劇のワンシーンみたいで
その衝動に駆られる原動力たる存在に、ずっとわくわくしていた
学生は遊びも大事だとは思うが、問答無用でアルバイトに時間を割いた
自由に使う資金を得たかったのもあるが、培いたいスキルがあったから
アルバイト先では音楽関係も取り扱っていて
担当になるべく、齷齪と働いていたのを思い出す
いつしか、学生時代という青春を抜け出して、社会の歯車に紛れ込む
現実は残酷で、担当になってからも試練は続いた
どれだけ結果を出しても、頭ごなしに×を喰らい、崖の淵に立たされた
自分が関わっても、何の足しにもならない
そんな気がしてならなかった
錆びた歯車を磨き直して、違う歯車と噛み合わせてみたけれど
どうしてもズレが生じてしまうものだから
もう一度、関わってみるのもありじゃないか、なんて
自分が生きる世界線で、本格的に愛で地球を廻してみたくなった
愛って本当に大切で
自分の感情の中で最も偏りがあって、人生の中で最も溢れたモノだった
結局のところ、愛なんだ
…と、ちょっとココは長くなるので端折るとして
愛は未完成のまま、終わりを迎えるのだけれど
終わりって始まりでもあるでしょうそうでしょう
人生は何事も巡り合わせのタイミングが肝心で
自分史上最高に応援している人が「エモいね」って歌ってて
積み重ねた愛を置いてきたこと自体がある種エモーショナルな時
あなた(たち)らしさを感じるエモーションを届けてくれるって
なんとも
右脳は「遅い!今更だよ!(色んな意味を込めて)」って叫んでるのに
左脳は「エモい時にエモいもの出すなんてエモい」って噛み締めてる
待てども待てども、な位に待った音楽は
確実に新しい扉を開いた先にあるものなのに
なんだかとても"らしさ"を感じずにはいられなくて
蓋を開ければ
駆け抜けて離脱した青春の続きに立ち返るかの如く
エモいね
あえて、どの曲がどう、とかは云わない(感想は湧き出て抱くものだから)
今この状況でエモーションを与えられたことがエモーショナル
※個人のアレです。所々ノンフィクション