楽曲について

Mama Tried / written by Merle Haggard
カリフォルニア州ベーカーズフィールド。洗練されて上品なナッシュビル・サウンドと異なり、ビートが効いてエレキギターが全面にでた男臭さを特長とした独自のサウンドを形成し、西海岸におけるカントリー・ミュージックのメッカといえます。そのベーカーズフィールド・サウンドの、バック・オウエンスと双璧をなす主要アーティストがマール・ハガード。
1968年に自身が作詞・作曲しリリースしたこの楽曲は、彼の代表曲というだけでなく、National Recording Registry(全米録音資料登録簿)の保存対象として選ばれるなど、アメリカ音楽史における重要な楽曲として位置づけられています。

曲を聴く前にイメージしたいこと

この楽曲は、実際に20代はじめに窃盗罪を犯して、牢屋に入った経験を持つマールの実体験に基づいています。収監されたサン・クエンティン刑務所で、慰問演奏に来たジョニー・キャッシュの歌に衝撃を受けたのをきっかけに、牢内で歌手を志し出所後にカントリー・スターになった、まさに逆転人生のアーティスト!
歌詞の内容はというと、おだやかな家庭に育ちながら、社会に反抗するように悪の道に進む主人公。誰も彼を止められない中、ただ一人更生を諦めなかったのは彼の母だった。母に捧ぐなんちゃらみたいな曲は日本にもたくさんありますが、そういうのと違って歌詞の内容は救いが無く重い感じ。ですが、ファンタジーではなくこういうリアルな歌詞のほうが、きっとマールを支持するアメリカの労働者階級に刺さるのでしょう……それではどうぞ!

歌詞と対訳

The first thing I remember KNOWIN'
思い返す限り 人生最初の記憶は
Was a lonesome whistle BLOWIN'
淋しく吠える 汽車の警笛
And a young'n's dream of growing up to RIDE
幼いころから夢見ていた 大きくなったらきっと
On a freight train leaving TOWN
あの貨物列車に飛び乗って この街を離れるんだ
Not knowing where I'm BOUND
そして俺のことを 誰にも拘束させない
And no one could change my mind, but mama TRIED
そんなふうに出ていく俺を誰も止めなかった おふくろを除いて

A one and only rebel CHILD
ただひとりだけ 反抗的な息子だった
From a family meek and MILD
辛抱強くでおだやかな 家庭の中でね
My mama seemed to know what lay in STORE
おふくろは 俺が何をしでかすか感じ取っていた
Despite all my Sunday LEARNIN'
教会で学んだことなど そっちのけで
Towards the bad I kept on TURNIN'
悪い方へ悪い方へと 踏み外し続けた
'Til mama couldn't hold me ANYMORE
おふくろの 手に負えなくなるまで

And I turned twenty-one in prison
監獄の中で 俺は21歳になった
Doing life without parole
仮釈放無しの 終身刑の身
No one could steer me RIGHT
誰も俺を まともな道に導けなかったが
But mama tried, mama TRIED
おふくろは おふくろは諦めなかった
Mama tried to raise me better
俺を少しでも ましな人間にしようとしたが
But her pleading I DENIED
そんな願いを 俺は踏みにじった
That leaves only me to blame, 'cause mama TRIED
すべては 諦めないおふくろの気持ちを踏みにじった俺の責任だ

Dear old daddy, rest his SOUL
なつかしき親父よ 魂やすらかなれ
Left my mom a heavy LOAD
俺のおふくろに 重荷を残して逝きやがって
She tried so very hard to fill his SHOES
親父のあとを引き継いで おふくろは苦労したよ
Working hours without REST
休み無く あくせく働き
Wanted me to have the BEST
俺に対して 最善を尽くすことで
She tried to raise me right, but I REFUSED
まともな道に導こうとしたが 俺が突っぱねた

And I turned twenty-one in prison
監獄の中で 俺は21歳になった
Doing life without parole
仮釈放無しの 終身刑の身
No one could steer me RIGHT
誰も俺を まともな道に導けなかったが
But mama tried, mama TRIED
おふくろは おふくろは諦めなかった
Mama tried to raise me better
俺を少しでも ましな人間にしようとしたが
But her pleading I DENIED
そんな願いを 俺は踏みにじった
That leaves only me to blame, 'cause mama TRIED
すべては 諦めないおふくろの気持ちを踏みにじった俺の責任だ

  • 翻訳にあたり長田弘著「アメリカの心の歌」を入手して、この曲の項を翻訳の参考にさせて頂きました。この本、ツボを突いた選曲と温かみのある文章で、今後、筆者のアメリカーナ探求のバイブルになるかも!今後も多いに活用させて頂きます。

  • whistle blowin……拙稿で再三言及していますが、アメリカの汽車の警笛はとにかく心臓破りの大爆音。幼い頃の記憶にも残るのでしょう。ジョニー・キャッシュの「Folsom Prison Blues」はじめ歌詞によく出てくるので、アメリカの情景を示すための常套句なのかも(ていうかサン・クエンティンで聴いたのを引用したのかも)。

  • what lay in store……「何が店に横たわっているか」ではありません。このstoreは店ではなく、in storeで「〔物事が今にも〕起ころうとしている、差し迫っていること」を意味します。もっとも、マールが収監されたのは窃盗罪のためだったので、店で何を盗むか、に少し絡めているかもしれません。

  • life without parole……仮釈放なしの終身刑。この曲はマールの実体験と多いにシンクロしますが、この曲の主人公と異なり、マール自身は牢内で歌手を志して以降、自らを律して模範囚として出所しています。出所のエピソードは前述の「アメリカの心の歌」に詳しいです。

  • fill someone's Shoes……誰かの靴を埋める、転じて「誰かの職務、地位、または他の仕事を引き継ぐ」という意味になります。

いいなと思ったら応援しよう!