早大生ボランティア×オリパラVol.1 オリパラ推進室編
■東京五輪を支えたボランティア
2021年、4年に一度のオリンピック・パラリンピックが東京の地で行われました。新型コロナウイルスによる1年間の延期、さらに無観客という異例の開催となった東京2020。その開催是非については、必ずしもポジティブな意見ばかりではありませんでした。それでも、開催が実現した背景には、選手村の運営、放送業務など、様々な業務を裏から支えたボランティアの存在がありました。「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式報告書」によると、当初、大会ボランティアで8万名、都市ボランティアで3万名の募集を想定。実際には新型コロナウイルスの影響で規模が縮小されたものの、大会ボランティアに約7万名、都市ボランティア約1万6000名の協力があったとされています。
学生が従事した主なボランティア一覧
上記の図は、「早稲田大学東京2020大会オリンピック・パラリンピック事業報告書」で報告されている早大生が従事したボランティアと、その人数について示したものです。大会ボランティア、都市ボランティアのほかにも、多様な業務に早大生が関わっていたことが読み取れます。
イタリア選手団事前トレーニングキャンプボランティアでは、早大所沢キャンパスで事前トレーニングキャンプを行ったイタリアオリンピック代表選手団に対し、約120名の早大生がサポート業務を行いました。OBSでは、BTP(ブロードキャスティングトレーニングプログラム)と呼ばれる研修プログラムに約600名の学生が参加。そのうち約320名が実際の大会においてメディア全般のアシスタント業務を行いました。OISでは、2名の早大生が選手へのインタビューや記事作成の業務に従事。アシックスジャパンの業務では、日比谷の「アシックスハウス」での通訳業務に11名が関わりました。また、選手村内のダイニングで選手に飲食サービスを行うエームサービスでは、74名の早大生が参加。NHKのボランティアでは、NHKテレビ中継のCGオペレーション制作補助業務を担当し、オリンピックで24名、パラリンピックで22名の早大生が携わりました。
■ボランティア参加者の声を聞く
本連載では、実際にボランティアを経験した学生の声、そしてボランティアに取り組もうとする学生を支援した職員の声を聞くことで、学生がボランティアを経験することの価値を明らかにしたいと考えています。
2022年3月まで開室されていたオリンピック・パラリンピック事業推進プロジェクト室(以下「オリパラ推進室」)の職員、エームサービス、OBSのボランティア参加者、そして2019年4月より活動を続けているVIVASEDAのメンバーにご協力いただき、インタビューを行いました。
Vol.1では、オリパラ推進室の職員のインタビューを掲載します。ボランティア募集を行うなど学生のボランティア参加を支えてきた職員に、早大生のボランティア参加状況や、ボランティアを経験することで得られるメリット等についての考えを伺いました。
元オリパラ推進室職員江川さんへのインタビュー
江川武彦さん
現競技スポーツセンター職員。オリパラ推進室ではイベントなどの業務を担当した。※インタビュー日:2022年5月27日 @競技スポーツセンター
オリンピック・パラリンピック推進室とは
――まずオリパラ推進室が発足された経緯についてお聞かせください。
江川さん:東京で大会を開催するにあたって、人材や施設など、あらゆるところで協力をしなければ成り立たないという状況の中、大学として東京2020大会に貢献しようということでプロジェクトが立ち上がりました。せっかくいろいろな国から一流のアスリートが集まって来るということで、大会の運営などにボランティアとして協力することによって、学生と選手、あるいはその関係者の人たちとの交流を図り、そういった経験を参加した学生に還元する。そして、早稲田大学としてはグローバルリーダーとなるという学生の理想像があるので、そこに寄与できる人材を育成するいいチャンスだということで、オリパラに関わることが大きな目標でした。
元々大学としては、早稲田らしさと誇りの醸成や、ダイバーシティ推進、あとは異文化理解、文化交流促進など、『Waseda Vision 150』という大学創立150周年に向けた大きな大学の施策が掲げられています。その中で、オリパラの経験やオリパラに関わることを通じて、こういったビジョンも達成していこうというのが大きな目標でした。
このような経緯から、2016年10月にオリンピック・パラリンピック事業推進プロジェクト室が設置され、以下の5つの柱がに沿って事業計画が策定されました。
①大会機運醸成(学外連携・文化交流の促進)
②オリンピック・パラリンピック教育の実施
③ボランティアの活性化
④学内外のアスリート支援策の策定
⑤大会への貢献(学内施設の積極的な活用)
――オリパラ推進室の職員の方々は何人くらいいらっしゃったのですか。
江川さん:管理職が3人、専任の職員が1人、嘱託職員が2人、派遣の職員が1人、スチューデントジョブの職員が1人いました。
――具体的にオリパラ推進室ではどのような業務内容をされていたのでしょうか。
江川さん:企業や自治体からのボランティアの依頼に対してボランティアを希望する学生との調整や、大会の機運醸成をするためのイベント企画をしていました。
他に大きなものとしては、大学の施設を海外のチームに貸し出すこと。早稲田の場合は所沢キャンパスで事前キャンプを行ったイタリアのチームの陸上、水泳、フェンシング、レスリング、あとは難民選手団が早稲田キャンパスで行った事前キャンプの際に施設を提供したり、大会の馬術競技の公式練習場として東伏見にある馬術部が使っている馬場を一定期間貸し出したりもしました。事前キャンプにかかわる調整も推進室の大きな業務として挙げられるかと思います。
ボランティアは学生のためになるものを
――オリパラ推進室ではボランティアの募集を行っているかと思いますが、実際に募集されたボランティアにはどのようなものがあるのでしょうか。
江川さん:それ(「早稲田大学東京2020大会オリンピック・パラリンピック事業報告書」p.20)がボランティアの一覧で、コロナ禍でなければもっと多くのボランティアがあったと思います。無観客開催となってしまったので、お客さんと接したりするようなボランティアなどはほぼなくなってしまいました。当初予定していたボランティアや、依頼があったはずのボランティアはかなり減っていると思われます。
例えばイタリア選手団の事前トレーニングキャンプのボランティアは、陸上の器具などは使ったことがある人でないと取扱いに慣れないという面もあるので、経験のある人がボランティアとして行くというのが特徴的な部分としてあったのかなと思います。
あとは、イタリアハウスとか、アメリカハウスとか、各国の大会発信拠点が都内のあちこちにありました。そこで国のPRもかねてオープンハウスのようなものが期間限定で設置されていました。そこで、各国の大使館から依頼があって、オープンハウス内の業務に従事した学生もいたようです。やはり語学ができると有利ですし、普段から自分自身の磨いているスキルを活かせるようなボランティアに行っていただくというのが大学としては理想なので、そういったところのオファーがあれば積極的に学生さんに紹介していました。
その他に大学はオリパラの公式スポンサーであるアシックスさんと協定を結んでいるのですが、アシックスさんがオリパラ関係者向けのゲストハウスを日比谷公園内に設置していました。その施設には、アシックスさんと関わりのある海外のアスリートや日本のアスリートが立ち寄りますのでそのような人たちの対応をする仕事もありました。また、大会のテレビ中継で表示する字幕を打ち込むボランティアもありました。あとはOBS(オリンピックブロードキャスティングサービス)など、競技会場に行って放送に従事する業務もありました。放送系の仕事もオリンピック・パラリンピックならではの仕事かと思います。
今列挙したボランティアは何が特徴かというと、オリンピック・パラリンピックがないとそもそもこういう機会にはありつけないということです。このような経験はオリンピック・パラリンピックがないとなかなかできないことではないでしょうか。
――たしかに、そういったボランティアはなかなか経験できないですよね。
江川さん:幸いにして、ボランティアに参加できた学生にとっては自分が学習している語学のスキルやコミュニケーション能力を試す絶好の機会になったのではないでしょうか。
――ボランティアの募集が行われるまでの経緯としては、どこかの組織からオファーが来てそれを募集するというかたちなのですか。
江川さん:そうですね。例えば東京2020大会組織委員会や企業、自治体からこういった業務で語学のスキルがある学生を紹介してください、というのがあったり、企業からも海外の要人を接待するような業務があるのでよかったらどうですか、みたいなことがあったりします。
ただ、なんでもかんでもいいよとは言っていなくて、こちらとしても依頼される業務内容を吟味しています。大事な学生さんを預けるので、学生さんのスキルアップにつながる業務であるか、ボランティア環境に無理はないか、などの条件を見て、ぜひ学生さんにやってもらいたいというものをオリパラ推進室のウェブサイトで公開していました。
――多数の業務がある中から吟味されているということですが、学生にボランティア募集をかける際に、どのような視点でボランティア案件を選別されていたのでしょうか。
江川さん:やはり学生さんのためになるかならないかというのが大きいです。その仕事を企業さんが誰でもいいから人足を満たすために集めているというものではなくて、ボランティアを通じてしか経験できないことだとか、学生自身のスキルを生かす機会になるか、学生自身が成長できるようなものであるか、ということを重要視しました。
中には、どうしても人が足りないから学生さんを何人でもいいからよこしてくれ、みたいなのもありましたが、それは大学として学生さんに紹介するものとはちょっと違うかなと。あくまで学生がボランティアを経験して成長できるようなものというのを基準としてやっていました。
――学生にとっての成長を考えながら選ばれていたのですね。
江川さん:そうですね。今後の学生のキャリアにつながるような業務。企業の場合には学生の安全をしっかり担保し、信頼のおける企業かどうかですね。あとは、お金を貰えるボランティアもありました。お金を貰えると雇用の契約が発生するので、雇用元は海外ではなくて国内であることが担保されているか、ということを確認しています。他に、事前に業務のオリエンテーションの内容だとか、そういったものも含めてインターン的な要素があれば紹介していました。
早稲田の学生のボランティア参加意識は高い
――実際にボランティアを経験した学生から、感想などを聞く機会はあったのでしょうか。
江川さん:ありました。ボランティアを通じて表舞台からは見えない裏側を見ることができて裏側では多くの人が関わっているということ、業務を通じて現場のスピード感を体験できたということ、また当然ですが、責任を持って仕事をすることが勉強になったということを言う学生が多いですね。あとは、人に喜ばれることや、オリンピック・パラリンピックという大きなイベントに関われるということに面白みを感じている人たちが多かったかと思います。
依頼をいただいた企業さんの感想を聞くこともあったのですが、早稲田の学生はとてもしっかりしているということを言われました。語学のスキルは高いですし、コミュニケーション能力も長けている学生さんが多いという声がありました。
――早稲田の学生におけるボランティアへの参加意識をどのようにご覧になっていますか。
江川さん:大会関連のボランティアにおいて早稲田の学生が占める割合は高いというのは聞きました。OBSのプログラムは約320名の学生が参加していて、プログラム内の早大生の割合が高かったと聞いています。全般的に学生のボランティアへの参加意識は高いですし、そこで活躍できるような素養を持っている人が多いと思われます。
大学には平山郁夫記念ボランティアセンター(WAVOC)があります。そこで震災のボランティアなど、継続的にボランティア活動を行っているのでそういった土壌が大学にあったのも大きいかと思います。
あとは、語学のできる人という依頼が多くて、実際語学ができる人を派遣するというケースが多かったです。
ボランティア経験が「長い人生の中で大きなレガシーに」
――学生にとってのボランティアをするメリットについてどのようにお考えですか。
江川さん:冒頭に話した通り、大学が学生さんに紹介するボランティアやインターンは公共性の高いものや、学生さんのためになるもの、語学だとか、コミュニケーション能力の獲得につながるかというようなことを基準に選んでいます。学生さんそれぞれがそういった経験を通じてスキルアップするだとか、特にコミュニケーションのスキルはそういう場で試さないと実際の能力は分からないですよね。実際に外国人しかいない場所に入って、そういった経験ができるというのは大きなメリットだと思います。その経験を通じて、大学を卒業した後、例えば進路を決めるときにそれが影響するということもあるかもしれないですし、そのような経験は本人のメリットにもなりますし、長い人生の中で大きなレガシーになるのかなとは思います。その辺がボランティアを経験することのメリットだとか、得られる学びだと思います。
――ボランティアの経験がその後のキャリアにもつながっていく、と。
江川さん:そうかもしれないですね。それで国際機関で働きたいとか、その国の何かに関わっていきたいという動機にもなるかもしれないですしね。そのくらい大きなインパクトをもった経験になった人もいると思います。
――オリンピック・パラリンピックに関するボランティアは今後も何か行われるのでしょうか。
江川さん:次のパリ大会は再来年で、東京ではやらないので、大会に関わることはなかなかできないと思いますが、例えばフランスでこれからボランティアとか、ホストタウンの大学で活動するフランスの学生に向けて東京2020大会の経験を紹介したり、交流したりということは可能かもしれません。早稲田大学と提携している大学で、フランスの大学と交流するとか。特に今はオンラインでそういうこともできるので、交流することによって東京2020大会の時には早稲田大学にいなかった学生が、今度はパリ大会に関わってフランスの学生と交流するといったこともできるかもしれません。
あとは、早稲田大学では今回東京2020大会に関わった他大学とも連携ができていて、そういった大学もパリを見据えて活動していますので、一緒に活動できないかということは今後出てくるかもしれません。ボランティアというとちょっと難しいかもしれないですが、東京2020大会の経験を活かした何か新しいものが、これから何かでてくるかもしれません。東京2020大会の時も2020年開催を前提にして、2019年くらいから準備が始まっていたので、パリから逆算すると来年から準備が始まるかもしれません。
インタビューを終えて
今までは、ボランティアと聞けば、「無償」という言葉や「社会貢献」という言葉が自然と思い浮かんでいました。しかし、インタビューを通じて、ボランティアにも様々な種類があり、ボランティアをすることによって得られる価値が多数あることを知りました。自身のスキルを試してみるため、あるいはスキルをもっと向上させるためなど、社会貢献という側面だけでなく、自身の成長のためにボランティアを活用することも一つのボランティアの在り方であると感じました。
インタビューの中で江川さんが繰り返し述べられていたのは、「学生さんのためになるもの」という言葉。オリパラ推進室の職員の方々が、学生の成長を第一に考えてボランティアの場を提供していたことが、この言葉から感じ取れました。
学生は、オリパラ推進室のような学生の成長を支えてくれる大学の機関も活用しながら、ボランティアなどを通じて、自らの成長の場を作り出していくことが大切であると感じました。
Vol.2以降では、実際にボランティアに参加した学生へのインタビューを紹介します。
参考文献
・公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会公式報告書」https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/5455f1c8fad1a88f47a9e7c4d39c2c34.pdf
https://www.2020games.metro.tokyo.lg.jp/docs/%E6%9D%B1%E4%BA%AC2020%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E7%AB%B6%E6%8A%80%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E5%85%AC%E5%BC%8F%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%20%E7%AC%AC1%E9%83%A8%EF%BC%88%E7%AC%AC2%E7%AB%A0%EF%BD%9E%E7%B4%A2%E5%BC%95%EF%BC%89.pdf (2022年7月10日最終閲覧)
・早稲田大学オリンピック・パラリンピック事業推進委員会「早稲田大学東京2020大会オリンピック・パラリンピック事業報告書」https://waseda.app.box.com/s/n89wafovf479racja3b2col3fl72ehop(2022年7月10日最終閲覧)
文責:土屋ゼミ9期生 渡邉彩織