2018.12.06 - みんなが嫌いな「そもそも論」ですが。~キャッシュレス化が進まない現状について~
木曜日。晴れ。
溜まりに溜まった提案書作りに奔走します。
人に(企業に)何かを提案するということは、前提として、何か課題があるという事でして。今回ももれなく、お客さんにどんな課題があって、それをどう解決できるかという提案をするのが私の仕事のひとつでございます。その中で、1つ考えたことがありました。
「そもそも論」についてです。(私はこの言葉があまり好きではないのですが)
これは魔法の言葉であり、よく会議でも「ちょっと待ってください。そもそもこれって」みたいな言い方をするだけで「私は他の人よりも深く思考しているぞ」というアピールにもなる場合があります。
とても良い言葉なのですが、なぜ好きではないかというと、「そもそも論」を振りかざすときに、場合によってはさかのぼり過ぎて「そもそもこの仕事する必要あります?」みたいなことを言う人がいるからです。
いや、もちろん原点に立ち返るのは大切ですけど、議論の土台から遠すぎる話は不毛ですし、そこまで根本的なところに立ち返るのはあまり良いことではないと思っています。
しかし、下記のレベルの「そもそも論」なら大事だなと思ったことがあったのでした。
■なぜ日本はキャッシュレス化に躍起になっているのか
例えば、私が最近気になっているキャッシュレス関係のビジネスの話なのですが、政府がいま「2025年にまでにキャッシュレス比率を40%」にするという目標を立てています。そのため、キャッシュレスを推進する企業にとっては、かなり追い風の状況ということで、私は積極的に提案をさせて頂いております。
キャッシュレスといえば、最近ではソフトバンクとヤフーが出資するサービスであるところの「PayPay」の100億円キャンペーンが世の中を賑わせています。
そして、私の提案については「キャッシュレス化を進めるために、こんなことをしましょう!」という提案で良いといえば良いのですが、この時に根本的な「そもそも論」を考えます。
すると今回のケースの場合「政府がキャッシュレス化を進めようとしているからこの提案をします」という点までは立ち返りやすいのですが、さらに「そもそも」という事を考えてみると、なぜキャッシュレス化を進める必要があるのか。という点です。
これは、オリンピックに向けて訪日客が増えるので、せっかく来る人達に「日本ってキャッシュレス後進国かよ…」と思われないようにするためです。
政府が掲げる、訪日客数の目標については2020年に4,000万人。2030年に6,000万人とあります。まずはオリンピックまでにしっかりとキャッシュレス化を進めて、訪日客には快適な日本旅行を楽しんでもらい、良い印象を植え付けたいのでしょう。まあ納得の流れだと思います。
しかし、そもそもなぜキャッシュレス化を進める必要があるかというと、大前提として「消費者が求めているから」なハズです。消費者が求めているから、キャッシュレス化を進める必要があるのです。今回の場合、外国人はとくにキャッシュレス化を求めています。
■日本のキャッシュレス化が進まない理由
さて、少し話が脱線しますが、日本はなぜ、キャッシュレス化が進まないか。その理由の1つに、日本の通貨が非常に優秀だからということが挙げられます。
海外でなぜキャッシュレスが進んでいるかというと「偽造できないから」です。現金は基本的に偽造される可能性があり、各国では日本では想像もつかないくらい、そのお金の偽造被害は深刻です。
しかし、日本の通貨は1万円札を見れば分かる通り、ほぼ偽造することができません。ここまで偽造が困難な通貨は世界でもないそうです。そうすると、現金を使うタイミングで「偽札なのでは?」と思う人もほとんどいないでしょう。そうすると、現金の信頼性が高く、多少不便であったとしても、昔から商習慣として続けている現金を、キャッシュレスにする必要性がなくなります。
それがキャッシュレス化を妨げる一つの要因です。そして、セブン銀行を中心に、いまではコンビニを中心にどこであってもATMでお金を下ろすことができます。現金を入手しやすく、現金の信頼性も高い。そういったものに慣れ親しんだ日本人がキャッシュレスにする必要性はあまり高くなく、心理的なスイッチングコストの影響もあり、単純な「利便性」だけでは、キャッシュレスは浸透しません。
さて、話を戻します。
改めて「そもそもなぜキャッシュレス化を進める必要があるのか」というそもそも論に立ち返ると、それは
消費者がワガママになっているから
です。
いまや「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)」というグローバル・プラットフォーマーが、我々のデータをほぼ独占的に取得していて、それゆえに、テクノロジーの発達とともに物凄いスピードで我々消費者の生活に入り込んできています。
それを便利と呼ぶかどうかは一旦置いておいて、とにかく信号の待ち時間などでもスマホを触り、その起動が少しでも遅いと「ストレス」が溜まるようになりました。
信号の待ち時間の数十秒、別にスマホなんぞ見る必要もないのですが、今の消費者は見たいのです。スムーズに見れている状況を知っているから。
そうしたことの積み重ねで、全てのサービスに同様のクオリティを求め始め、結果的にワガママになっているのです。
幸い、先述した通り、日本は現金の信頼性が高いので、キャッシュレス化においてはそこまで日本人はワガママになっていません。
しかし、外国人は違います。彼らは自国ではとても便利でシームレスなキャッシュレス手段を日頃活用しています。日本に来て、それがうまくいかないと、信号待ちで通信回線がつながらないような軽微なストレスが溜まり、それが積み重なるでしょう。
それに応えるための「キャッシュレス化」なのです。
このキャッシュレス化のそもそも論が分かったところで、どうこうという訳ではないのですが、そのサービスを提供する側としては「ワガママに答えてあげてる」くらいの気持ちの方が良い気がしています。
すべてが効率的で便利になるということは、人はその「効率と便利の奴隷」になるということです。
効率と便利の奴隷に成り下がることは、果たして幸福といえるのでしょうか。この点にも立ち返って考える必要がある気がしました。
最近の仕事の中で、そんなことを考えていたのでした。