【易競馬#09】帝王賞2022
東京は下町。
隅田川のほとりにある、小さなスナック。
深川一の美魔女と名高いさゆりママに逢うため。。
か、どうかは定かではないが、今日も今日とて常連が集う。
カランカラン。。
「いらっしゃい。あらポロちゃん。健さんとこからのはしご?」
優しいピアノのBGMが流れる店内。
さゆりママはほろ酔いのポロシャツを迎え入れた。
「あいにく、ゆきえはまだ来てないわよ」
「えっ。。あっ、いや、べ、別にゆきえちゃん目当てってわけじゃ。。」
いつも元気なポロシャツが、すこし落胆した様子を見せた。
「もう、わかりやすいわねぇ。でも、ポロちゃんのそういうところ、いいと思うわ」
さゆりママは優しい笑みを浮かべつつ、手慣れた手つきで薄めのハイボールを差し出した。
前のお店で飲んできたであろう客に対しては、最初の一杯は薄めにつくる。
こういった細かい気配りが、スナックさゆりの人気の秘訣なのだろう。
ごく。。ごく。。と、のどを鳴らせて最初の一杯をのどへ流し込むポロシャツ。
「あーっ!ホントここのハイボールは世界一だなあぁ!」
健の店で結構飲んできたはずのポロシャツだったが、最初の一杯を一気に飲み干した。
「まったく、ママは深川の石田三成ですね!!」
実は歴史好きのポロシャツなのであったが、残念、ママにはピンとこなかったようだ。
「そうそう、先日の宝塚記念、ママに頼まれた馬券ちゃんと買っときましたよ。という報告をしにきたんです」
「あら、律儀なのね。で、結果はどうだったの?」
「06-10-07で決まりまして、残念ながらママの馬券はハズレでした」
「残念。ポロちゃんたちはどうだったのよ」
「健さんの本命馬はハナ差の4着。ボクの馬券は。。。」
ポロシャツは01と10の2頭軸で人気3頭を2着に挟んだ3連単フォーメーションを購入したのだが、本場馬入場後に01番が出走取消となり、全額返還となったのであった。
「負けなかったのね。ラッキーだったじゃない」
「そういう問題じゃないんです! 2022年の上半期を締めくくる大レースなのに、戦う前に終了してレースを見る虚しさと言ったら!」
カランカラン。。
「ごめんなさい!ちょっと遅れちゃった!」
悔しがっていたポロシャツだったが、入り口から聞こえてきたその少し甲高い声を聴いてパっと顔を輝かせた。
店に入ってきたのは、スナックさゆりの従業員、ゆきえだった。
「ゆきえちゃーん!聞いてよ、この前の宝塚記念さぁ」
と甘えるようにまくしたてるポロシャツにも、うんうん、と笑顔で対応するゆきえ。さゆりママのお眼鏡に敵う、気立ての良い娘なのであった。
「それは残念でしたね。。私も今度、競馬やってみたいなぁ」
「ホントに!? それは是非とも競馬場にお連れしたい。。。ところなんだけど、まだしばらくは入場も抽選だったりするんだよね。。。なんで今はまず、馬券で楽しむのがオススメかな」
「ちょっとポロちゃん、ゆきえを悪の道に引き釣りこまないでよね」
「少額で馬券を買うくらいならいいじゃないですか。ママだって誕生日馬券とくるみちゃん馬券買ってるんだし」
「えー!そうなんですね!なら私も誕生日馬券買ってみようかな…」
(ヨシっ!)
思わぬ展開から、ゆきえの誕生日を聞き出せることになったポロシャツは、心の中で渾身のガッツポーズをした。
「そ、そうだ、ちょうど明日の夜、大井で大きなレースがあるんだよ。帝王賞っていうレースなんだけどさ」
大井競馬場で行われる帝王賞は今年で45回を迎える、ダートの宝塚記念的ポジションのレース。
交流GI(JpnI)グレードではあるが、中央のトップクラスが集うので、レーティング次第ではGIレースに昇格。。。なのだが、去年そのチャンスを逃している。
「そ、それで。。ゆ、ゆきえちゃんの誕生日はいつなの?」
「12月8日です。えーっと、だから。。。12番と8番で!」
「12月8日なんだね!(メモメモ…)あー!でもね。。残念ながら明日の帝王賞、9頭しか出ないんだよ。。」
「えー!そうなんですね。。残念。。。」
「そうだ!なら12を1と2に分けよう! 01-02-08で買っておくからね!」
「わー!ありがとうございます!!当たるといいなぁ!」
無邪気に笑う、ゆきえを見ながら、いつも以上に目じりを下げるポロシャツだった。
「それなら私のもついでにお願いしようかしらね。いつもの誕生日馬券4-2-9と、くるみ9-6-3馬券で」
「あ! ゴールデンウイーク前になると、ママにお花とかプレゼントが、やたら届くのはそういうことだったんだ!4月29日なんですね!」
「うーん。。04も09も勝つのは厳しそうですけど。。また3連複にしておきますよ」
交流重賞、特に大井の中距離JpnIは、固めの決着がほとんどである。
(おそらくどちらの馬券も当たらないだろうな。。。)
(よし!ここはボクがバシっ!と本命決着02-06-08を1点で当てるところをゆきえちゃんに見せるのだ!)
(いやまてよ。。当たったところで3連複2倍とかだろうしなぁ。。)
(それならいっそ、ゆきえちゃんと同じ馬を馬連で抑えていた方が一緒に喜べるかも…)
そんな邪なことを考えながから、ポロシャツはぐぬぬと唸り、ロックのウイスキーをゴクリと飲んだ。
(あーもー!!こんな時こそ、大先生に占ってほしかった!!)
「当たったらなに買おうかなーうふふ」
ポロシャツの苦悩も知らず、捕らぬ狸の皮算用をするゆきえであった。
下町の夜は、楽しげに更けていく。