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子どもも大人もみんながやりたいことができる居場所「むむむ。」

全国有数の多雨地帯である三重県尾鷲市は、県南部に位置する、人口1.5万人ほどのまちです。熊野灘に面した尾鷲湾はリアス式海岸地形で、イワシやブリなどの水揚げが盛ん。漁師町としても栄えてきました。
また、赤身を帯びた光沢のある美しい木肌と優れた耐朽性に優れた尾鷲ヒノキを育む林業も盛んで、日本農業遺産にも制定されています。

そんな自然豊かな尾鷲市の中で、今回の舞台である向井地区は、市街中心部から車で10分ほどの小高い山の中腹に位置し、かつて林業と甘夏の栽培で栄えたまち。そこで一般社団法人つちからみのれが、子ども第三の居場所「むむむ。」を開所して今夏で1年半が経ちました。

むむむ。とは一体、どんな場所なのでしょうか。一般社団法人つちからみのれ理事の日向風花さんにご案内してもらいます。

一般社団法人つちからみのれ理事 日向風花さん


海と山に囲まれた自然の遊び場

尾鷲駅から海沿いを走り、小高い山に登っていくと見えてきたのは、観光客も多く訪れる「三重県立熊野古道センター」や温浴施設とレストランを併設した「夢古道おわせ」。そこを抜けると、山間にポツポツと住宅が建っています。風花さん曰く、「向井地区より山側は、尾鷲の人でもなかなか来る機会のないエリア」とのこと。耳を澄ますと、子どもたちの賑やかな声が聞こえてきました。

入り口には「おわせむかい農園」の看板が。どうやら農園と同じ敷地内にむむむ。はあるようです。

実は、運営する尾鷲ヤードサービス株式会社は、もともと市内にあった火力発電所に関連する仕事をしていました。しかし、2018年の発電所廃止により尾鷲から出ていくか、それとも仕事はないけれどこのまちに残るかの決断を迫られたそうです。

「『生まれ育った地元向井地区にまた子どもたちが走り回る風景を作りたい』と、現社長が全くやったことのない農業に挑戦し、『おわせむかい農園』として再スタートしたのがこの場所です。その思いに共感して、ぜひ共にチャレンジしたいと思ったんです」

まず目に飛び込んでくるのは、箱型の2つの部屋。「やまのはこ」と「うみのはこ」と呼ばれています。

手前の「やまのはこ」は、アナログな遊び場。手触り感のあるモノづくりを体験できるよう、色鉛筆やブロック、絵本などが置かれています。子どもたちにこそホンモノに触れてほしいと、プロが使う道具を用意。クロッキーブックや本格派の色鉛筆を、デザイナーをしているむむむ。の代表理事が揃えました。

「うみのはこ」は、デジタルと触れ合える場。レーザー加工機が置いてある、最先端のテクノロジーに触れられる空間です。レーザー加工機は子どもたちから「ビーモちゃん」と親しみを込めて呼ばれており、日々様々なおもちゃを作っているそう。頂き物の尾鷲ヒノキの端材を活かして、尾鷲の魚をデザインしたパズルを作ったり、居場所内で使える「むむむ。コイン」を生み出したり。「ビーモちゃん」は子どもたちの「こんなのあったらいいな」をすぐに形にできる魔法の機械です。「レーザー加工機なんて普通はなかなか触れないものかもしれない。だけどここでは、おもちゃを自分たちで作ることもできる、こんな素敵な機械がある!ということを感じて欲しくて、居場所の中に置いています」

箱の外にも、楽しそうなものが目に止まります。例えば、蓄電池とソーラーパネル。晴れの日には太陽光からたっぷりと充電し、むむむ。で使うiPadやレーザー加工機の動力にしています。

「今では、子どもたちは当たり前のように蓄電池で充電しています。こうした体験がいざ災害が起きた時に、お日様の力で電気を作ることができる! と知っていれば自分の身を守ることにも繋がります。そんな生きる上でのヒントを、むむむ。では散りばめていきたいんです」


遊びの中で「ホンモノ体験」。尾鷲の風習や文化を楽しく伝承したい

むむむ。が開所しているのは、月・水・金曜日の14〜18時と、土曜日の14〜18時。その間、子どもたちは自由に出入りすることができます。

向井地区には、全校生徒16名の向井小学校があり、現在では在校生の多くが、むむむ。を日常的に利用しています。また、学区外に住んでいるものの、むむむ。が好きで自らバスに乗り通う子どももいるそう。複数の小学校・中学校に通う子どもたちの交流の機会にもなっています。

こうした日々の活動に加えて、むむむ。では月1回、イベントを開催。これまでも尾鷲ならではの資源を活かしたホンモノの体験機会を設けてきました。

例えば、尾鷲の魚を捌く「オサカナサバキッズ」。海がすぐそばにある尾鷲では一年を通して様々な魚が水揚げされます。現在ではスーパーで売られている切り身を購入する人も増え、海沿いのまちだからといって必ずしも魚が捌けるわけではない状況になりました。

そこで、お魚を丸ごと1匹捌いてみよう!と呼びかけたところ、親子11組が参加してくれました。「自分で捌けるお魚が増えることで、尾鷲のいろんなお魚の美味しさを知ることができる。海に興味が向くきっかけにもなるのではないか。」と風花さんは話します。

季節のさまざまな魚で開催する「オサカナサバキッズ」。朝市場で水揚げされた鯵を捌いて、骨せんべいやなめろうなど、お魚丸ごと食べる知恵も体験します。

年末には、向井地区に伝わる伝統的なしめ縄作り体験を開催しました。松・だいだい(金柑)・さかき・ゆずりはを付けて飾る向井のしめ縄には、後世までも子孫に未来を譲り、後世までも栄えるようにとの想いが込められています。しかし、この唯一無二のしめ縄を作れるのは、向井地区では年々少なくなってきています。文化が途絶えることに危機感を覚え、また、何より自分自身も作ってみたいと思った風花さんが、むむむ。でもやらせてもらえないか、と相談したことから実現しました。

イベント当日、子どもよりも夢中になってしめ縄作りに取り組む保護者の姿もあったそう。こうした伝統文化は日常の中に体験できる機会がないだけで、「興味があったりやってみたいと思ったりしている人はまだまだいるのではないかと感じた」と振り返ります。

向井地区に伝わるしめ縄づくりの様子


子どもも大人もみんながやりたいことをできる居場所

ここまで子どもを中心にした活動をご紹介してきましたが、むむむ。は子どもだけの居場所ではありません。目指すのは、赤ちゃんも、小学生も、お母さんも、おじいちゃんも、みんながふらっと気軽に立ち寄れるような場所になることです。

そんな思いを体現した取り組みの一つが、むむむ。農園です。

むむむ。農園では、トマトやきゅうり、なすなど様々な野菜を育てています。

むむむ。農園の発起人は、海藻の陸上養殖の会社に勤めながら、つちからみのれの理事として「むむむ。」に関わっているもりぞうさん。かねてより畑をやってみたい気持ちがあったものの、タイミングや土地のことを考えると、なかなか一歩を踏み出せずにいたそうです。

そこで、もりぞうさんに農園長になっていただき、毎週土曜日を「はたけのひ」に制定。子どもも地域の人も一緒になって野菜のお世話をしています。

驚くことに、むむむ。農園で使うタネの多くは在来種が多くあります。現在の農業で使われる99%がF1種と呼ばれる毎年購入する必要のあるタネ。一方、在来種は特定の地域に昔から生えている、もしくは栽培されている品種です。

向井地区にはタネや苗を買わずに、何世代にも渡ってタネを取り、農業をしてきた方がいらっしゃいます。タネ取りのやり方から教えて頂き、むむむ。農園では数々の野菜を栽培しているのだとか。在来種から育った野菜は、地域の気候や風土に適しているため、「味が違う」と向井地区の人も口を揃えて言うそうです。

農園で収穫した野菜を使ってみんなで料理。苦手な野菜でも、自分たちで育てたものだから美味しく食べられました!

「スーパーへ行かなくても、土と太陽と水とタネがあれば、食べ物は自分の手で作り出せるんだって。それを教えるのではなく、遊びの中で体感してほしいと思っています」

農園に関わっている地域の方からは、「一人で家に引きこもりがちだから気晴らしになる」との声も。手をかけるに連れて、農園のことが気になるようになり、「そろそろ見に行かないと」と、積極的に足を運んでくれる方も出てきています。


むむむ。へ込めた想い

開所から一年半、むむむ。ができてから向井地区の風景は少しずつ変わりつつあります。一見、子どもの遊び場のように見えてますが、のんびり過ごしてみると、子どもも大人もみんなにとって楽しい居場所でありながら、楽しいだけではなく遊びの中に未来を生きるヒントが散りばめられていることがわかります。そして、運営メンバーだけではなく、利用する子どもたちや地域のみなさんにとって大切にしたい居場所に育ってきているように思えます。

そんな場を表す、むむむ。という名前。ネーミングにはどのような想いが込められているのでしょうか。

「名付け親は、むむむ。のファウンダーの伊東将志さんが考えたものです。伊東さんは、向井地区のお祭りの法被姿から着想したそうで、背中に向井の「む」の字が描かれた法被を着たおじいちゃん、お父さん、子供の三世代が並んでいる風景がいいなってところからきています。また、『むむむ』って、何かに立ち向かったり考えたりする時に使う言葉ですよね。子どもたちが何か疑問に思うことがあった時に、『むむむ。』と考えて、乗り越えていけるといいなという想いを込めて名付けられました」

ファウンダー 伊東将志さん(写真左)

伊東さんの想いに加えて、風花さんもむむむ。にはこんな願いを込めているそうです。

「子どもたちが何かしら、『むむむ。』と立ち止まった時に、色々な道を選んでいける場所にしたいです。進路選択や就活のタイミングがきた時に、『決められた道を進んでいくんだろうか?』『このままでいいのかな?』と考えて、起業する道もあるのかななど、視野が広がるような場になるといいですね」

イベントでは地域の方以外にも、レゴ部の大学生やデザイナーさんなどいろんな仕事、特技を持つ方に来ていただいています。最近では高校生のインターン生の受け入れや、高専や大学の授業の一環として体験学習の受け入れも実施しています。

10月に開催した「デザイナーたちとおもしろい絵を描こう!」デザイナーさんや、デザイナーの卵である大学生と一緒に本格的なデッサンイベントをしました。

外から人が来ることで、子どもたちにとっては尾鷲ではなかなか出会えない人と出会ったり、大学生活を知る機会にもなったりしているようです。



今回ご案内いただき、子どもにとっても向井地区に住む大人にとっても、むむむ。が大切な居場所になりつつあることが伝わってきました。
そうした変化を生むために、日々どのようなことを考えながら訪れる方々と接しているのでしょうか。次回は、風花さんが現在の仕事に就いた経緯やむむむ。で大切にしていることについてご紹介します。