「想い託した、角女。」
街に鹿を探すが見当たらず、仕方なしに妄想す。
紅葉落ちて枯れ木を二本、頭に挿したような女が居る。手の脂を幾度となく重ねたような、みごとな骨董にみる艶やかさあり。
ところどころ産毛もはえているのをみると、しっかりと女の身体の一部となっている様子である。
なんとも邪気の受けない眼を右に左に向け、女は言う。
「いま、街に鹿は居ない。日本中どこもそういうものなのよ」
訳を問えば女曰く「かくかくしかじかこういったわけ」とのこと。
くるりと睫毛をのせた眼が一層もって輝きを帯びて、その面持ち、勇ましい馬のようにもみえる。すうっと通った鼻から白く熱い吐息がふうともれた。
「なるほど。つまりは鹿という鹿が、ある女性のもとへと集まっているというわけだな。して、貴方は行かなくて良いのか」
「ワタシはいまもって、あなたの頭のなかで産み落ちた。熱い湯でシャワーでも浴びて、遅い朝餉をしたためてそれから行くわ」
「そうか。ならばあれから顎の調子がすごく良い。そのこととても感謝していると、お伝え願えないだろうか」
何も言わず深く頷くと、女は頭から生えた角を念入りに磨きはじめた。歯磨き粉を借りていいかというので、まさかとおもったが、それはしっかりと歯を磨くために使われて安堵した。
身支度を済ませたように見えて、朝餉は何がいいかと訊くと、道中の良い草原をみつけると言うので、まかせた。確かに女は醤油を垂らした目玉焼きなど喰うようには見えない。
「ではゆくわ」そういうと女は、ウリ坊のような背のまだら模様を少し見せて走り去った。その栗色と白色のコントラストがなんとも優しい心持ちにさせるのだったが、裏腹に、走る速さは弾道を思わせるように力強い。一瞬のうちに遥か遠方に走るシボレーを追い越してゆくのだった。
去り際、女の尨毛をこの手に触れなかったことをひどく後悔した。
それはともかく、女よ。宜しく頼んだ。
鹿野さん。日が遅れて申し訳ありません。
お誕生日おめでとうございます。心ばかりですが、拙い文章にてお祝い申し上げます。
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