もめる遺産分割

あなたには似合わないわ
 
 私は、以前会計事務所を経営していて、お客様の相続対策もやっていた。
 
 その際、相続をめぐってお客様の様々な人間模様を見てきたので、その一部をお伝えしたい。
 
 まず、人がお亡くなりになり、その方に遺産があると、それを遺族のうち誰が相続するかを決める「遺産分割協議」を行うことになる。
 
 これは相続税がかかるかどうかとは別次元のことで、たとえ100万円の遺産であっても、遺産分割は行わなければならない。
 
 私は商売柄、この遺産分割協議に立ち会うことがよくあった。
 
 私の経験から言えば、遺産分割協議は、程度の差はあるが、もめることが多い。
 
 確かに、相続ではまとまった財産が努力しないで手に入るので、まさに「タナボタ」の絶好の機会でもある。
 
 だとしたら、多少他の兄弟から悪く言われても、他人に後ろ指を指されても、少し頑張って財産を手に入れようと思う人が出てくるのは当然のことだ。
 
 これは私の事務所の同僚の経験談だが、あるとき、お亡くなりになったクライアントの社長の、離婚した奥様との間にできたお子様(30代)と、現在の奥様(後妻、40代)との遺産分割協議に立ち会ったそうだ。
 
 これは話し合う前からもめることは火を見るよりも明らかだったのだが、分割協議の場ではお互いに相手の出方をうかがって黙ったままだった。
 
 そのうち、お子様のほうがしびれを切らして、「この土地は私が相続しましょう。」と言い出した。
 
 その言葉を聞いた奥様が言い放った言葉に、彼は頭を抱えた。
 
 「ふん、あなたにはその土地は似合わないわ。」
 
 このように、遺産分割をめぐるトラブルは大なり小なり起きる可能性があるので、「自分はいくらも財産がないから安心だ」と思っている人でも、場合によってはお子様たちが争う事態になるのかもしれないのだ。
 
 そういう意味では、遺産分割トラブルは決して遠い世界の話ではない。
 
主観的公平
 
 遺産を分割するときに、一応遺族の方々は表面的には「遺産を公平に分けよう」と言う。
 
 しかし、この「公平」ほど厄介なものはない。
 
 たとえば、皆さんの職場で新入社員歓迎会が催されたとしよう。さて、幹事の方は参加者から会費を集めなければならない。
 
 当然会費は「公平に」集める必要がある。
 
 そこで「全員一律5,000円」と決めると、一見公平性は確保されたように思われるが、「それでは不公平だ!」と文句を言う人が出てくる。たとえば入社間もない女性職員の方から、「なんでお酒をほとんど飲まない私が、あの呑兵衛の課長と同じ会費を負担しなければならないの?」と言われるかもしれない。
 
 彼女にとれば、お酒をどのくらい飲むかによって会費を決めるのが公平だということになるだろう。
 
 あるいは、給料や地位に応じて会費を決めるべきだという人が出てくるかもしれない。
 
 このように、公平に取り扱うということは、口で言うのは簡単だが、実際には難しい。新入社員歓迎会の会費でもこれだけもめる可能性があるのだから、「タナボタ」の遺産分割では、客観的に公平に分割することは困難になる。
 
 ただ、ここで少し考えてほしいのは、遺産分割を公平に行うということは、個々の相続人が取得した財産の評価額が客観的に同じでなければならないということではないということだ。
 
 たとえば、兄と弟が瓶に入ったジュースを2つのコップに分ける場合を考えてみよう。
 
 ちょっと考えると、お互いから文句が出ない公平な分け方は、それぞれのコップに入ったジュースの容量を測ってどちらも同じ量にすることだと思ってしまいがちだが、もし、そのように分けても、右のコップを取った兄を見て、弟は「お兄ちゃんのほうがおいしそうだ」と言うかもしれない。
 
 このようなときに絶対に文句の出ない分け方は、兄がどちらをとっても良いと思えるようにジュースを分け、どちらのコップにするかを弟に選ばせるというやり方だ。つまり、お互いに公平に分けるというのは、客観的に公平である必要はなく、主観的に公平であることが重要なのである。
 
指差確認
 
 それでも、遺産分割ではやはりもめてしまう。遺産分割のトラブルはまさに「兄弟は他人の始まり」の状態をもたらす恐れがあるので、このようなトラブルは未然に防いでおくことが大切だ。
 
 そこで「争族対策」の切り札として登場するのが遺言書だ。生前に自分の遺産の分割内容を指定しておけば、遺産分割のトラブルはある程度防ぐことができる。
 
 ただし、遺言書は通常ご本人が亡くなってから遺族が目にするので、その遺言内容が「開けてびっくり玉手箱」になることも多い。
 
 そこに書いてある遺産分割の内容が、特定の遺族に有利になっていた場合、遺言書のためにかえって遺族がもめるもとになってしまう可能性もある。
 
 そこで、私は指差確認をお勧めする次第なのである。
 
 「指差確認」というのは、駅に行くと駅員さんがよくやっている「右よ~し、左よ~し」というあれである。ポイントになるのは、指を差すという動作である。
 
 あれは口で言っただけでは見落とすことがあるかもしれないため、指で本当に右と左を差し、念には念を入れて安全を確認するものだ。
 
 これを遺産分割でも適用すべきだというのが私の主張だ。
 
 つまり、お父さんが生前に奥さんや子どもを集めて、作成した遺言書(または遺産分割の方針)を読み聞かせる。これをやれば奥さんや子どもはたとえ自分に不利な内容であっても、明らかに本人の意思による分割であることが分かるので、諦めがつくというものである。
 
 そこにとどめを刺すのが、指差確認である。
 
 お父さんは、遺言書を読み聞かせた後、長男を指差し「お前これでいいな?」と聞く。長男もお父さんにここまでやられると「うん」と頷かざるを得ない。続いて次男にも指差確認を行う。
 
 このように生前に遺産分割をめぐる話し合いができたら、トラブルはずいぶん減ると思うのだが、どうだろう?

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