コンビニが日本の文化を変えた?

  皆さんは「のっぺい汁(のっぺ)」をご存じだろうか。これは越後料理で、昔から各家庭で年末に作り、正月に食べるものだった。
 
 最近、東京でも越後料理を出す店が増えてきたので、食べた方もおられると思うが、のっぺい汁は冷たいまま食べる料理だ。
 
 なぜ冷たいのかと言えば、のっぺい汁は大晦日に各家庭の主婦が大きな鍋で大量に作り、それを正月三が日にそのまま鍋から出して食べるものだからだ。要するにのっぺい汁は、家庭の主婦に正月くらいのんびりしてもらうための「手抜き料理」なのだ。

 日本のコンビニエンスストア(コンビニ)は、1973年11月にイトーヨーカドーがアメリカでセブン・イレブンを運営するサウスランド・カンパニーとライセンス契約を結んだところからスタートした。
 
 当初のセブン・イレブンのコマーシャルメッセージは「開いててよかった」だった。
 
 当初は、7時-23時の営業であったが、すぐに24時間営業になり、しかも年中無休になったので、いつ行っても「開いててよかった」だった。
 
 年中無休だから当然正月三が日もお店は開いている。当時のコンビニで最も売上が上がるのがこの正月三が日だったそうである。
 
 確かに、当時正月三が日に営業している店は少なかっただろうから、コンビニのその間の売上は大きくなるに決まっている。
 
 なぜ、のっぺい汁からコンビニの話になったかと言えば、のっぺい汁は正月三が日を休むために作る料理であるのに対して、コンビニは休まないで営業しているので、別にのっぺい汁を作り置きしなくとも、主婦は手抜きできるのである。
 
 「お正月も何でも手に入って便利」だから「コンビニエンス」なのだろうが、私は少し違和感がある。
 
 昔から正月は休むものなのだ。三が日はどこの店も開いていないことを前提に大晦日までにその準備をし、正月になったらゆっくり過ごす。これが日本の伝統だったはずだ。正月はその「不便さ」も含めて正月だったのだ。
 
 それがコンビニを利用すれば、お正月でも普段通り買い物ができる。私に言わせれば、これではちっとも正月が来たという気分にならない。子供たちも「もういくつ寝るとお正月」と、正月を心待ちにする気持ちにならないだろう。
 
 私が税理士事務所をやっていたとき、お客様にコンビニ経営者がいた。彼は30代半ばくらいで奥さんと一緒に大手コンビニの加盟店(フランチャイジー)として経営をスタートさせた。
 
ところが、コンビニを始めて半年くらいたった頃、彼は急に太りだした。
 
 あまりにも太り方が急なので、その原因を尋ねたところ、コンビニ弁当は賞味期限を過ぎてしまうと廃棄しなければならないというルールになっており、それがもったいないので賞味期限切れの弁当を何個か食べていたためであるということが分かった。
 
 賞味期限(消費期限ではない)切れの弁当は、見た目は新品と何ら変わらない。食べてもおいしい。ところが、それをお客様に販売すると、本部からペナルティを課され、彼の手取りが大幅に減ってしまうしくみになっていた。
 
 彼に「そんなことをやったら死ぬぞ!」と言ったものの、まだ食べることができる弁当の包装を破り、中身をゴミ箱に捨てるという行為は人間の生理に反すると思った。
 
 コンビニにアルバイトで働いていた従業員が辞める一番の理由が、まだ食べられる食品を捨てなければならないことだそうだ。
 
 これはコンビニだけの問題ではないが、「食べ物は残すな!」と親に厳しく言われて育った昭和世代の人間としては、食べられるのに捨てるというのは、神に対する冒涜としか思えない(最近は賞味期限が近づいた食品を値引販売するようになったので、一歩前進だが…)。
 
 私のお客様だったコンビニ経営者にはお子さんが4人いる。しかし、彼は子供たちと一緒に旅行に行ったことは一度もない。旅行どころか、家族揃ってレストランで食事するとか、休みにテレビを見ながらのんびりするという、いわゆる普通の家庭の楽しいひと時を過ごしたことはめったにない。
 
 なぜならば、コンビニは24時間営業・年中無休なので、アルバイトの単価が高くなる深夜は夫婦のうちどちらかが働き、そのまま日中も働くこともあって一日中休むことができる日がほとんどないからだ。
 
 どこのコンビニチェーンも似たようなものだと思うが、これだけ一生懸命に働いているにもかかわらず、加盟店経営者の生活はきびしい。要するに本部(フランチャイザー)の取り分が大きいのだ。
 
 まるで江戸時代の農民に対する政策「生かさず殺さず」を踏襲しているとしか思えない。
 
 すでにその方向に動いているところもあるが、人間は夜眠るようにできているのだから、一部例外を除いてコンビニの24時間営業はやめるべきだ(ついでに言うと、チャリティと称して24時間だか27時間だかテレビ放送することもやめるべきだ)。
 
 コンビニが日本に普及して以来、我々の生活パターンや文化に変化があったことは事実だと思うし、その変化が必ずしも悪い方向だったとは思わない。公共料金の振り込みや現金の引き出しがいつでもできるし、夜中の防犯に貢献するなど、便利な面があることは否定しない。
 
 しかし、我々が当たり前だと思っているコンビニがそこで働いている方々の多大なる犠牲の上に成り立っていることは忘れてはならないと思う。

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